イノベーションモデルの中心にユーザーを据えるgiffgaff社

2020年1月

ユーザーをソフトウェア開発プロセスに参加させることで、モバイルネットワークプロバイダーがいかにサービスを強化し、提供を加速させたかについて、giffgaff社のCOO兼CTOのスティーブ・マクドナルド氏が語ります。

世界の先進的企業のほとんどが、『顧客を事業の中心に据えること』を経営理念に掲げています。実際にそれを実践に移して改革に成功した企業も少なくありません。イギリスのモバイルネットワーク会社giffgaff社では、その理念が企業活動の隅々にまで息づいています。

顧客中心という同社の理念は、『あなたが動かす携帯電話ネットワーク』というスローガンなどから垣間見られます。契約者を『顧客』ではなく『メンバー』と呼ぶ姿勢や、その『メンバー』たちがサポートにあたるヘルプデスクなどに、その真剣さを見ることができます。

しかし、なかでも特筆すべきは、スティーブ・マクドナルド氏が率いるIT部門による開発の仕組みです。ソフトウェアのリリースを早めるためにDevOpsアプローチを採っていますが、そこにユーザーを呼び込み、彼らの望む機能強化を行っています。昨年から始まったこのやり方がもたらす効果は小さくはありません。2018年時点で年間26だったソフトウェアのアップデート数は、現在は月間1,500にものぼっています。

ユーザー起点の開発

10年前に創業して以来、giffgaff社はユーザーを中心に据えたビジネスモデルを掲げ、機能開発やアップデートにユーザーの声を取り込んできました。2018年、マクドナルド氏はその方向性に拍車をかけ、さらに進める方策を練りました。「社内のあちこちにユーザーがいて、お互いに協力し合っている」マクドナルド氏は話します。「製品開発にユーザーを引き込むことも、その流れの中では当然の結果です。しかし、ユーザーのアイデアをいざかたちにしようとすると2ヶ月くらいかかり、当然ながら開発のバックログが溜まっていました」。

この現状を打破するために、マクドナルド氏の部隊は、アイデア出しの部分だけでなく導入やテストをふくめた開発のジャーニー全てにおいてユーザーと連携するにはどうすべきかを検討し始めました。

協力してくれるユーザーがどれだけいるかを調べたところ、相当数の手が挙がりました。しかし、実際にそれをやるとなると、これまでの開発工程を見直し、新たなやり方を見つけなければなりませんでした。

そして、効率とスピードをこれまで以上に高める、というのがその答えでした。これまでgiffgaff社ではソフトウェアのアップデートを2週間に1回の割合で行ってきました。「これだとユーザーの声を聴くのは年間で26回という計算です」とマクドナルド氏は話します。「ユーザーをもっと頻繁に開発サイクルに引き込むことができれば、リリースのスピードは速まり、その数もずっと増えるはずです」。

それを実現するために、彼らは長年の間に入り組んでしまったソフトウェア・スタックを見直し、コアの部分を継続性のあるマイクロサービスとして再構築することにしました。「スタックにある要素をひとつひとつすべてサービスとして書き直すことは、実際は考えていませんでした。大変なことになるのが分かっていましたから。でも、それを今やろうとしているわけです。終わるまでに1年以上かかるでしょう。ただ、修正ではなく改良でやっていくつもりです。レガシースタックを改良することで自動化がもたらし、あまり手をかけず日々何度もリリースできます」。

こうした新しいアプローチに加え、自動化の取り組みがさらに開発サイクルを加速させました。

生まれつきの破壊者

創業から10年、giffgaff社では常識に囚われず物事を機敏に進める姿勢が当たり前のことになっています。2009年、スペインの通信大手テレフォニカ社(企業価値544億ドル)のイギリスの子会社O2からモバイル仮想ネットワーク会社としてスピンオフした際、同社には営業部隊もカスタマーサポート部隊もありませんでした。しかし、その代わりにクラウドソーシングの一大実験として、ユーザー自身が同社の営業やサポートを後押しすることを奨励したのです。ユーザーには報酬として作業に見合ったポイントを付与するか、『ペイバック』と呼ばれる仕組みを使って彼らの望む慈善事業にその分の額を寄付するかたちを選んでもらいました。

現在ではこうしたユーザー参加のかたちが更に進み、ユーザーの存在は開発に欠かせないものとなっています。

現在、ソフトウェアのコーディングやバグの修正にまでユーザーを取り込み、ソフトウェアリリースのサイクルに弾みがついています。しかし、ここまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。ソフトウェアリリースには入り組んだいくつもの段階があり、それを簡略化するのが当初の大きな課題だったのです。




マクドナルド氏は部門の全スタッフを集め、リリース工程の詳細を洗い出しました。「大きなテーブルいっぱいに200枚以上のポストイットが貼られ、足し算するとテストからリリースまでの工程に3,000人年から4,000人年がかかっていました。機敏さと効率を自慢する企業にとってこれは屈辱なことです」と語ります。

2018年の終わり、マクドナルド氏は経営層を説得し、ユーザーを事業に不可欠な要素とすることを了解させました。プロセスを見直し、これまでより多くの部分でユーザーが開発に参加できるようにすれば、複数のIT部隊を立ち上げるほどの効率化になります。「誰もが賛成しましたが、問題点は1つありました。その仕組みづくりが非常に難しかったのです」。

とはいえ、経営層と交渉を行っていた3ヶ月間のうちに、ソフトウェアコードの自動展開の仕組みを構築しました。それは2019年1月のことで、以来、ほとんど毎営業日にソフトウェアのアップデートがリリースされています。その年の10月までに行われたリリースは、月平均で1,500にものぼりました。

経営課題に挑む

しかし、ここまで来るには社内の組織や企業文化を大きく変える必要があったとマクドナルド氏は話します。

それまで『魔法のようなユーザーフィードバックの仕組み』と喧伝されてきたにもかかわらず、IT部門はそれが思うほどうまくいっていないことを認識していました。「コーディングをやっているところでユーザーを参加させるにはどうすればいいのか、ユーザーはその修正案をどうやって伝えるのか、テストの際、操作性の違いをどうやって確認するのか、というようなことでかなり悩みました」とマクドナルド氏は話します。

そのひとつの解決策がマーケティングの協力で立ち上げたユーザーのサブグループ『giffgaffパイオニア』でした。「協力を申し出てくれたユーザーが数千人近くいました。このグループを通じて、開発部隊は手軽にユーザーと話ができるようになりました。オフィスに来てもらって相談したり、アンケートに答えてもらったり、オンライン会議で感想や印象を聴いたりすることが簡単にできるようになったのです」。

しかし、やはり昔ながらのソフトウェア開発者をユーザー相手の社員に変えるのは、一筋縄ではいかなかったとマクドナルド氏は打ち明けます。「コーディング自体はそれほど難しい仕事ではないのですが、とりあえず試作して自動でテストするという仕組みは難題で、開発部隊にかなり無理をさせました」。

大事なことは、多彩な人材からなる開発チームづくりだとマクドナルド氏は言います。「パズルを解く人のように、なにが問題なのかを見極めてそこから常識破りの解決法を見つけだす、そんな姿勢が重要ある一方で、問題が起こらないしっかりしたコーディングもしていかなければなりません。開発チーム全員にその2つを身につけてほしいと思っていますし、実際、みんなそのために頑張っています」。




「責任感のある開発者は、自分の書いたコードが意図されたのとは違うかたちで使われる可能性や、ユーザーがどんなふうにそれを使うのか、不注意や不正によってどんな問題が生じるかを前もって考えてくれる」とマクドナルド氏は話します。

ユーザーと二人三脚の開発部隊は、当初は多少ぎくしゃくしていたものの、このところ成果を挙げるようになってきました。「エンジニアとユーザーが二人で同じ画面を見ながら問題解決に当たるのです。自分の考えを正しく相手に伝えなければならないので、慣れるまでは大変です。しかし、書かれるコードすべてに二つの視線が注がれるというのは素晴らしい。そうすることで、プログラムの品質が高まります」。

事業成果の表れ

難題に挑み解決していくことで事業に次々とメリットがもたらされるだけでなく、顧客の満足度も上がっていきます。それが重要なのだとマクドナルド氏は強調します。

「事業メリットとして、効率アップ、時間短縮、信頼性向上などが挙げられる」とマクドナルド氏は話します。「しかし、なにより大切なのはユーザーとのタッチポイントが生まれたということなのです。新機能に実際に触れてもらい、その反応を見ることができます。ユーザーの声をより多くの開発に取り込むことができるのです」。

ユーザーの声はビジネスにとって必要不可欠です。「ひとりひとり違う考えを持つ人々に広く受け入れられるものを創るのは、本当に難しいことです。しかし、彼らの声に耳を傾け、彼らが発言できる場を増やせば増やすほど、ソフトウェアはユーザーを喜ばせるものになっていきます」。