photography: Natalie Hill

機敏なイノベーションで『ニューノーマル』に挑むマース ペットケア社

2020年7月

コロナ禍の事業環境と戦い、その先を見据えるマース ペットケア社。ペット愛好家や数百万ものペットの健康を見守る2,500の動物病院に必要な商品を届けるため、矢継ぎ早に新しいアプリやデジタル技術を導入し、またプロセス改革に取り組んでいます。それらはいかに進められたのか、グローバルCIOを務めるミャオ・ソン氏が語ります。

新型コロナウイルスの感染拡大で街はロックダウンされ、自粛のなか人々はテレワークを強いられています。ミャオ・ソン氏もまたその一人で、仕事とプライベートのバランスをとりながら、モチベーションを保ち、仕事に集中するため、様々な工夫を試みています。

マース ペットケア社のグローバルCIOを務めるソン氏の毎日は多忙を極め、ブリュッセルの自宅で早朝から夜遅くまで世界各地のスタッフとのオンライン会議を行っています。しかし、そんな中、ソン氏は強いてプライベートな時間を持つことを心掛けています。ロックダウン当初は朝目覚めてから休む間もなくノンストップで働いていましたが、最近は散歩やヨガで一日を始めるようになりました。昼食時はデスクから離れ、休憩時間には『エリー』(ペットの日本スピッツ)と散歩したり、オンラインのエクササイズ教室に参加したりしています。

「言うほど簡単ではありませんが、健康とマインドセットを一番に考えなければ」とソン氏は話します。マース ペットケア社には社員(マース ペットケア社ではアソシエートと呼んでいる)の健康と安全に関する推奨規定があり、ソン氏はそれに従っています。仕事ではまず感染防止に努めること。そして地域社会を思いやること。ソン氏にとって仕事とプライベートのバランスを保つために、これは大きな意味がありました。

バランスを保つということは、グローバルCIOとしてのソン氏の2020年の責務にも通じています。中国に生産拠点を置き、グローバルに事業展開しているマース ペットケア社は、コロナ禍が始まった当初大打撃を受けました。

感染が世界に広がるなか、震源地である中国で策定されたウイルス対策が海外事業拠点の方針決定に役立ちました。世界55ヶ国に50近いブランドを展開する同社にとって、これまで通り機敏に事態に対処し、そのスピードを維持することが重要でした。そのためにはデジタルトランスフォーメーションが鍵となります。テクノロジーを活用することで消費者や企業など市場ニーズの急激な変化に対処することができます。

 マース ペットケア

マース ペットケアはマース社の成長事業。社員(アソシエート)85,000名を擁し、関係するペットの数は4億にも及ぶ。「ペディグリー」「ウィスカス」「ロイヤルカナン」といったペットフードブランドを展開するほか、バンフィールド動物病院、VCA、AniCuraといった動物病院で質の高い獣医療サービスを提供。

改革の加速と優先順位の見直し

ソン氏は、この状況下で大きな変化を生み出す可能性がある重要度の高いデジタル施策を加速させ、短期間でそれほど大きなインパクトがない緊急性の少ないものを後回しにすることで、IT部隊の仕事のバランスを図ろうとしています。現在、彼らが抱えている緊急課題はペットフードのオンライン受発注からマース動物医療グループの遠隔医療サービスまで様々です。

「マース ペットケア社は大所帯なので、年初にはITに関するしっかりとした事業計画がありました」とソン氏は話します。しかし、コロナ騒ぎが始まったので、予算やプロジェクトを見直さざるを得なかったのです。それは2つのことに注力するためです。まず、事業継続性を確保するということ。もう1つは成長を支えるための投資に的を絞るということです」。

こう決めたとき、見直すべき施策が浮かび上がってきました。それは最新技術にフォーカスしたプロジェクトや、マース ペットケア内の個々の部門の長期的かつ戦略的な目標にフォーカスしたプロジェクトだったとソン氏は話します。そうしたものの優先順位を下げることにより、社内リソースを現在の最重要課題に振り分けることができるようになります。また、リモート環境ではあまり進展が望めないプロジェクトも優先対象から外したと話します。



なにを優先していくかについては今後頻繁に見直していくつもりだとソン氏は話します。「その評価と判断はアジャイルプロセスで機敏に進めます。それによってチームが一丸となって仕事をし、顧客満足度を高めることができます。それは年1回ではなく毎月行っていきます。コロナをめぐる状況は常に変化し、国や地域によって深刻度も異なります。社員が安全に仕事に復帰し、新しいシステムの連携や支援にあたったりできるようになれば、止めていたプロジェクトも再開できます。もちろん、そこでも常に安全というものを意識しなければなりません。私にとっても社員たちにとっても、これは今後数年にわたり続く再評価プロセスなのです」。

矢継ぎ早に対策を実施

世界であらゆる活動が鈍化するなか、マース ペットケア社は矢継ぎ早に対策を打ち出しています。まずは中国市場での事業継続と成長です。上海にあるロイヤルカナンの製造工場では事業継続のためモバイルアプリ『Poka』が導入されました。これによりアソシエート(社員)は感染を避けながら情報共有し、作業指示書やトレーニング資料にアクセスすることができます。このおかげで2月初旬には工場がフル稼働できるようになったとソン氏は話します。操業停止していたのはわずか数週間で、同工場は中国の公認工場で最初に再稼働を成し遂げた製造拠点となりました。

同社はまたE-Vetオンラインストアも短期間でリリースしました。これを使えば中国国内の動物病院のオンライン受診予約だけでなく、ペットの電子診断書取得、ロイヤルカナンの高品質ドッグフードの発注などを、WeChatといった同国人気のSNSから行うことができます。

こうした事例には計り知れない価値があり、コロナ禍にあえぐマース ペットケア社のIT施策に拍車がかかりました。「ヨーロッパでは、自粛中のお客様が感染予防に配慮したペッドフードの配達を求めていました。そこですぐフランス、オランダ、ドイツでロイヤルカナン商品の発注と宅配を可能にするデジタルプラットフォームを立ち上げました。ここでの学びはメキシコでも活かされています」とソン氏は話します。

D2C(direct-to-customer)と呼ばれるこのプラットフォームは、わずか15日で立ち上げられました。ヨーロッパでコロナ禍がピークを迎えた4月1日に100種の商品がこのプラットフォームに登録されています。「実証可能な最小限のサービスに的を絞り、公開日に間に合わせるアジャイル方式で進め、それから社員の教育や機能性強化を進めました。その流れで定期的に新機能を加えていきました」とソン氏は話します。



その頃、米国では動物病院担当のIT部隊が遠隔医療サービスを立ち上げました。これによりペットオーナーはオンラインで診療予約ができるようになっただけではなく、マース ペットケア社直属の動物病院医師と遠隔で話をすることも可能になりました。このサービスはAPIを使って自社の遠隔医療システムと動物病院の運営管理システムをMicrosoft Teamsにつなげることで実現しました。

オンライン診療の結果、担当医師が診察の必要ありと判断した場合、ペットオーナーはTeamsから受診予約することができます。受診の際は感染防止対策の施された場所でペットの引き渡しが行われ、診療後には引き取りのタイミングを知らせるメールが届きます。

「この仕組みは大成功でした」とソン氏は話します。「サービス開始から1週間で30近い病院が導入し、次週にはその数が倍になっていました。さらに1ヶ月で6つの動物病院グループ全体に広がり、1,000以上の遠隔医療相談が行われました」。

最後に、インドではWhatsAppとつながったB2Bモバイルアプリを立ち上げました。インド国内では村々の小さな商店がペットフードの主力流通チャネルとなっており、そうした商店のオーナーたちはこのアプリを利用してペットフードの発注や担当スタッフとの相談を行っています。このツールのおかげで、社員は客先を巡回する必要がなくなり、感染予防に役立っています。ソン氏によればこのアプリの立ち上げに要した時間はわずか7日です。流通チャネルのかたちが似通った東南アジアや南米などにも今後展開される予定です。

盤石の基盤はクラウド

この数年、クラウドによる基盤構築とデジタルトランスフォーメーションを推し進めてきたマース ペットケア社。そうした取り組みがなければ、ここまでの成果は得られなかっただろうとソン氏は話します。

「新型コロナウイルスの感染拡大が始まった頃、テレワークへの移行がままならない企業がありましたが、私たちにはしっかりしたクラウド戦略があったのでそうした心配はありませんでした。クラウド基盤は盤石で、ネットワークもリモート対応できるようアップグレードしていました」とソン氏は話します。これにより、同社の社員は場所を問わず仕事ができるようネットワーク上のツールやアプリに柔軟にアクセスすることができたのです。

Microsoft Teamsはバーチャル・コラボレーション・プラットフォームとして、コロナ禍以前に導入されていましたが、テレワークとなる社員が増えたことにより全社展開されました。また、必ずしもこのツールをすぐに使いこなせるスタッフばかりではないため、Microsoft Teams上でのバーチャルトレーニングにも力を入れました。感染流行がヨーロッパや米国を襲った際、マース ペットケア社は1ヶ月以内でMicrosoft Teamsをグローバル展開しました。

「Glovia販売管理システムという強力な基盤がなかったら、コロナ危機の需要パターンの激変にどう対処していたか想像できません」。

またもう一つの施策として同社は、富士通Glovia販売管理システムを米国ロイヤルカナン事業へ導入しました。ロイヤルカナンは同社の商品ラインの中でも特に急成長しているブランドです。システムはその世界最大の市場である米国に投入されました。もともとこのクラウドベース販売管理システムは2年前から米国全土の倉庫で運用されています。

「大量の取引を管理することができ、バックエンドのERPとつながって北米市場のB2B2Cモデルを支えるシステムの必要性には以前から気付いていました」とソン氏は話します。「そのためコロナ禍が始まったとき、このしっかりした基盤があったのです。それがなかったら、コロナ危機で動揺するお客様や販売店の不安定な需要パターンにどう対応していたか想像できません」。

実際、この激変する需要パターンは予想がつかずIT部隊はそれに振り回されていたかもしれません。これはデジタルトランスフォーメーションを指揮する経営層にも言えることでした。結局のところ、顧客行動については、いくら議論を重ねても今後どうなるか誰にもわかりませんでした。

「1つだけ確かなことは、『ニューノーマル(新常態)』は明らかに現在の常識とはまったく異なるものだということ、そして、1年半くらいの時間幅でオンラインチャネルやソーシャルコマースが主流になってくるだろうということです」とソン氏は言います。「とにかく顧客行動は既に色々と変わりましたが、この傾向は今後もたぶん変わらないと思います」。

それにもかかわらずマース ペットケア社のIT部隊はコロナ危機に耐えて同社の事業環境を大きく前に進めたとソン氏は考えています。危機に対処するための追加予算が割り振られたわけではないことを考えれば、これは快挙といえるでしょう。「実際、社内のリソースを効率よく使っていくため、頭を使う必要がありました。やりたいことが全てできるわけではないと分かっている時は、事業にとって何が一番価値を生むか明確に見通す必要があります」。

また、ソン氏をはじめ同社のIT部隊は素早い意思決定で物事を進める術を身につけています。「会社が大きいので、コロナ禍以前は意思決定に多くの人々が関わり、機敏さや決断力に支障が出ることがありました。お客様のニーズに応えながら感染症予防にも力を入れていくためには、意思決定のスピードを早め、創造的に事業を動かしていかなければないのです」。

世界的に経済と健康のリスクが叫ばれているなか、意思決定のスピード上げているマース ペットケア社。機敏な意思決定にリスクはないとソン氏は考えています。

「どんな決定をするにしてもデジタルトランスフォーメーション戦略を踏まえており、自社の事業5大原則(品質、責任、相互依存、効率、自由)も目指す方向を示してくれました」とソン氏は話します。「マース ペットケア社には『ペットのためのより良い世界」を創造するという事業理念がありますが、それはお客様や販売店のためにデジタルチャネルを構築するという取り組みとも合致していました。たくさんの施策を矢継ぎ早に実施しましたが、その方向性にブレはありませんでした。自営による社員125,000名を抱えるマースペットケア社は、1つの方向を向いて危機の時代を乗り切ろうとしています」。

富士通とDFW*Alliance of Technology and Women協賛のウェブセミナーでのミャオ・ソン氏の動画「マースペットケア社社員はいかに優先順位を見直したか」は、こちら(英語サイト)