Main portrait photography: Yasu Nakaoka

ハイブリッドITで挑む、航空機整備のデジタル革新

2019年9月

アジア市場で熱気を帯びる航空業界。この流れをにらみ、ルフトハンザ・テクニーク・フィリピン社は、プライベートクラウドとパブリッククラウドを縦横に駆使したデジタル革新を加速させています。IT部門を指揮するロベルト・アスンシオン副社長がその現状を語ります。

世界の航空業界の中心は東の方へ移ってきています。国際航空運送協会(IATA)の発表によれば、2018年のアジア太平洋地域の航空需要は8.5%増で、これはヨーロッパを2%、北米を3.5%上回っています。今後5年ほどで中国の航空旅客数が米国を抜き世界一位になることを考えると、この流れは当分変わらないものといえるでしょう。

この状況は航空機の整備・補修・オーバーホール(MRO)サービスを提供する企業にも大きな商機をもたらしています。ドイツのルフトハンザ・テクニーク社とフィリピンのマクロアジア社が2000年に共同で立ち上げたルフトハンザ・テクニーク・フィリピン社(LTP)もそうした企業のひとつ。マニラに本拠を置く同社は、2027年までに市場規模300億ドルまで拡大するといわれるこの業界で絶好のポジションにつけています。

しかし、同社IT部門を指揮するロベルト・アスンシオン副社長は、競争を勝ち抜くためには、最新の技術で業務効率とコストを改善し、さらに業務プロセスの自動化をはかっていかなければならないと話します。




デジタルビジネスのアジェンダ

この方針のもと同社は、RPAやAI、予測分析といった最新技術を視野に入れ、ハイブリッドクラウド環境を構築しています。

しかし、第一に目指すことは業務の効率化です。MROサービスは、航空機の着陸から次の離陸までの時間が勝負だとアスンシオン氏は話します。「飛んでいない航空機は利益を生まない。なので、補修や整備は最短で済ませる必要がある。もちろん、正確な手順や規制に沿って行わなければなりません」。

「現在の航空業界MROのやり方は労働集約型で、規制も厳しい。なので、デジタル革新には大きな壁があります。いまドイツの親会社と一緒になって、とにかく利用できる技術はすべて利用して効率を高めようとしています」。

「とにかく、新しいデジタルの文化を浸透させたい」

LTPで、このデジタル革新の取り組みが始まったのは2年前のこと。当初はIT部門が主導していたものの、やがて経営層がプロジェクトに乗り出すようになった、とアスンシオン氏は話します。

「本来、デジタル革新というものはITプロジェクトではありません。経営主導で社内の意識を変えていくものです。昔は“デジタル”と名がつくものは、技術導入から問題解決まで、すべてがIT部門の仕事でしたが、その意識を変え、新たな技術、仕組み、思考法を社内に浸透させていかなければいけません。そこがデジタル革新で一番難しいところです。経営層だけでなく3,200名の社員全員が変わらなければいけません。つまり新しいデジタル文化を育てていく必要があるのです」。

社外企業の支援

競争で他社に一歩先んじる、という意欲が、同社のデジタル革新を動かしています。「アジアのMRO業界は競争が激しく、しかも新たなデジタル技術によるディスラプションが起きている」とアスンシオン氏は説明します。従来委託していたMRO業務を社内に取り込もうとする航空会社もあります。「こういう状況で事業を伸ばすには、どのような技術を選び、どのようなパートナーと組むかが鍵となります。とにかく他社に先んじて効率化の技術を採り入れていきたい。アジアだけでなく、世界でのリーダーになることを考えています」。




その戦略を支えているのが、IT部門が今回構築した新たなアプローチです。

それまでLTPでは、インフラの構築や開発を社内のIT部門で行ってきましたが、2018年にそのやり方を改め、ホスティングやマネージドサービスを提供する企業と契約を結び、パブリッククラウドとプライベートクラウドを併用しながら既存システムを運用していくハイブリッドITモデルへの移行を決めました。その目的はITサービスの効率化や信頼性向上だけでなく、スタッフの負荷を軽減し最新技術への対応力を強化することもめざしていました。「戦略的に考えていく必要があったのです」とアスンシオン氏は話します。「業務に忙殺されていては、大きな可能性を持つ最新技術に対応できなくなるという懸念がありました」。

インフラとプラットフォームの部分で同社がサポート企業に選んだのは富士通です。現在、富士通はTRAX社が開発したe-MROのプラットフォームをオンプレミスのプライベートクラウドで展開。SAPのコアアプリケーションはホステッドサービスとして提供されています。また、富士通は、災害で業務が止まることがないよう、米国でオラクル社が提供するパブリッククラウドの災害復旧用プラットフォームも活用しています。

e-MROをオンプレミスで展開する理由についてアスンシオン氏は、フィリピン国内のインターネットインフラの問題として、クラウドのリモートサービスに不安があると話します。「インターネットが安定していればパブリッククラウドに移ってもいいのですが、現段階では、問題が起きたときにハードウェアがそこにあり、富士通のサポートスタッフが即応できる体制が望ましいと考えました」。

外部企業からの支援によって同社IT部門に戦略立案の余裕が生まれ、一方でシステムの信頼性も格段に向上しました。

「コアシステムの管理を社外に移したことで、ITサービスの信頼性が上がりました。以前はわずか2、3名が24時間365日体制で大がかりなシステムを見ていたので、いざなにか起こるとすべての日常業務を止める必要がありました。現在は専門ノウハウと豊富な人材をかかえるパートナーにシステムの運用を任せているので、サービスの質が日々向上しています。アプリケーション対応に追われることはなくなり、富士通と協力しながらシステムをうまく運用しています」。




航空機整備において大切なのは信頼性、しかしそれよりも重要なのは乗客の安全です。「MROがたとえば1時間ダウンしても深刻な事態となります。整備に関わるエンジニアやプランナーが全体の状況を見失うからです。それは安全問題につながります。航空機はとにかく安全を確保した状態で航空会社に引き渡さなければなりません。まさにITの信頼性が問われているのです」とアスンシオン氏は話します。

外部企業にプラットフォームとインフラの管理を一任したことで、他の効果も生まれています。「MROシステムの主要部分に関していえば、社内のサービス対応が99.96%まで高まりました」とアスンシオン氏は話します。

富士通との連携で、スケーラビリティやストレージコストにも成果が出ています。「オンプレミスでインフラやストレージを維持するにはかなりコストがかかります。新しい機能を追加する際には特にそう言えます」。

ルフトハンザ・テクニーク・フィリピン社は、複数のパブリッククラウドと新たに立ち上げたプライベートクラウドを併用するハイブリッド環境を構築し、通常のアプリケーションは前者で提供していく方針です。「今後徐々にあらゆるものをクラウドに移していくつもりですが、この業界は規制が厳しいので、承認が得られるようにやる必要があります。また、わたしたちの会社の大株主でもあるルフトハンザ・テクニーク本社のIT戦略にも合わせていかなければなりません」。

「しかし、メリットから考えて、クラウドはできるだけ活用していきたいと考えています。クラウドを最初に試したのは、マイクロソフトAzureとOffice 365。それまでは自分たちでスタッフを手配し、かれらが問題に対処できることを祈りながら復旧にあたっていたので、信頼性という意味ではかなり劣っていました」。

また、クラウドに移行することでコスト削減もできている、とアスンシオン氏は話します。「インフラ管理とシステム管理は別にして、スタッフ教育に費用をかける必要がなくなりました。IT業務の社外サポートを受けられるからです。おかげでITリソースを、データ解析、AI、IoTなど、やりがいのある仕事に振り分けることができます」。

かつてMROシステムを担当しており、現在はRPAに取り組むITスタッフもいます。「変革を進めれば、新しい仕事が出てきます。日々、イノベーティブ、クリエイティブに、改善を進めていかなければなりません。新しいものへ一気に飛び移るためには、これまでと違うやり方を考え、これまでより創造的で革新的な答えを導き出していかなければなりません。業務サービスを社外に委託することで、RPAの仕事ができるようになったというのは、その好例です」。

RPAはいくつか事例も生まれています。すでに部材管理に導入され、今後は会計業務や人事などに適用される予定です。




難しい選択

新しいデジタル文化は、ビジネスへの価値をも示しつつあります。

「技術を刷新するときは“これはなぜ経営に役立つのか?”と問いかけることが重要です。理由を問うことが大事で、その次に方法が続きます。その流れで取り組むべき対象と時期はおのずと決まってきます。その“なぜ”は経営ビジョンと密接につながっているのです」。

そして経営ビジョンは、大きな野望を秘めています。「アジアのMRO業界で、まず一番に選ばれる存在でありたい。これは変革の初日から誰もが思っていることで、その思いを達成するために、どのような技術を活用していくべきか、常に真剣に考えています」。

業界のあり方を変えるような技術があるとアスンシオン氏は言います。

「まず、今後、影響してくるのが、AIや機械学習による予測分析。これは業界に非常に大きな影響を与えるでしょう」。

エアバスのA350は20万個のセンサーを搭載しており、これは業界を揺るがす大変革になると彼は話します。「A350はまるで巨大なUSBドライブのような航空機です。接続するだけでデータが流れてきて、AIの予測保守のようなものごとがスムーズに進む」。

事業成長につなげるため、ここでどのような技術を選び、どのようなパートナーと手を組むか。それは難しい選択です。「利用できる技術は山ほどあります。正しいものを選べば、将来は明るい。しかし、そこで選択を誤れば、昔に逆戻りしてしまいます」。