ジョンソン・マッセイ社のポール・コビー氏が語る、ビジネスとITの融合

2019年10月

排出ガスを低減する触媒や持続可能な技術を開発製造するジョンソン・マッセイ社。グローバルのIT統合、モダナイゼーション、スキル強化がいかに事業改革を円滑にするのかについて、CIOのポール・コビー氏が語ります。

この10年、グローバル航空会社のブリティッシュ・エアウェイズや、イギリスに全国展開する百貨店チェーンのジョン・ルイスなど大手企業でCIO職を歴任してきたポール・コビー氏。2018年からは産業用触媒と持続可能な技術を開発する大手メーカー、ジョンソン・マッセイ社でIT部隊の指揮を執っています。航空会社、百貨店、化学メーカーはたしかに異業種であるものの、それぞれが抱える重要課題やIT投資に求めるものに目を向ければ、そこには共通点があるとコビー氏は話します。

1817年にロンドンで貴金属の純度を分析するアナリストとして創業し、直近の年商は54億ドルにものぼるジョンソン・マッセイ社。もともと化学技術に長けた同社は白金族元素の精錬とリサイクルをベースに、排出ガス低減触媒の金属塩、金属粉、金属溶液を供給。ほかにも電気自動車用のユニークなバッテリー素材や、がん、不整脈、痛みの治療に使用される様々な医薬品の原料などを手がけています。

同社の事業は環境や健康への貢献度が高く、ヒューマンセントリックな企業として知られています。全世界のクルマの1/3に使用される同社の触媒は、排気ガス中の大気汚染物質を年間で推定2千万トン削減しています。また、レアメタルの加工技術にも優れ、電子部品、宝石、触媒素材などから純度99.999%のプラチナやパラジウムを抽出しています。

ジョンソン・マッセイ社CIO ポール・コビー氏 「ジョンソン・マッセイ社の事業は多岐に及びますが、化学物質や気体の性質をベースとして活用している点では共通しており、この伝統は19世紀の創業時にさかのぼります」。同社の歴史を思いながら、コビー氏はそう語ります。

業態が拡大するにつれて、新たな価値創造とイノベーションに向けて、ITサービスを統一的に刷新する必要性が生じます。それが現在の大きな課題です。

「イノベーションを生みだすにはITの力が欠かせません。そこで2つのことをやっていく必要があります。まず、長年放置されてきているアプリケーションやIT技術のベースを立て直すこと。もうひとつは、事業をまたいで進めるイノベーションを支援するため、ITの技術力をこれまで以上に高めることです」。

就任1年目に、彼が特に注力したのは、ITのモダナイゼーションでした。ITが向上すれば、事業の挑戦の幅を広げ、非効率を減らすことができます。安定稼働するグローバル・コミュニケーション・システムや信頼性の高い顧客システムといった基本的なものが整っていなければ、イノベーション起こす企業としてはおぼつかないとコビー氏は話します。

そこで、鍵となったのが企業グループ全体でのITサービスの統一でした。事業部や各国にまたがって旧来のITプラットフォームやアプリケーションが入り乱れる事業環境を考えると、これは簡単な仕事ではありません。

刷新、統一、強化

現在、進めている中心となるプログラムは3つあります。「まず1つめは、インフラとサイバーセキュリティに関するプログラムです。これによりオンプレミス・コンピューティング、クラウドサービス、ネットワークを支える統一環境を構築します」。デジタルインフラとサイバーセキュリティの重要性を強調しながら、コビー氏はそう語ります。

「2つめは、ユーザによって管理され、彼らが使うシステムに適応される、全社的なITの管理です。災害復旧やアクセス管理の仕組みなど、業務の要となるシステムを全世界の拠点を網羅して統一的に構築していかなければなりません」。

3つめに挙げられるのは“OneJMIT”です。これは世界にまたがるジョンソン・マッセイ社のIT部門の環境を統一すると同時に、シャドーIT(業務部門が独自に立ち上げた環境)にITガバナンスを適用する仕組みです。「いま、世界の事業拠点を回って、独自に立ち上げられたIT環境を調べている」と話すコビー氏。各事業拠点には化学や工学に長けた優秀な人材が揃っており、そうしたスタッフは当然ながら必要に応じて自前でITソリューションを立ち上げることがあります。「これまでのIT部門は力が弱かったので、現場は自力でシステムを構築してきたのです。そのため中央にデータが集まりすぎるリスクが生まれました。いまそうした拠点のシステムをIT部門のプラットフォームに載せ替えています。そうすることでコスト削減、セキュリティ、グロ-バルサプライヤーとの商談などにメリットが生まれます」。




また、この技術刷新の一環として、SAPの中核業務アプリケーション・プラットフォームの新たなグローバル展開も行われます。折しも、同社の財務最高責任者アナ・マンツ氏が独自に“Unity”と呼ばれる4年間にわたる業務改革プログラムを業務系、技術系の専門スタッフとともに推進していました。

「IT部隊とUnity部隊は連携していくべきでしょう。改革プログラムはいろんな組み合わせが考えられます。大切なのはITそのものではなく業務革新だということを頭に入れておくこと。それが成功の秘訣です」とコビー氏は話します。

技術だけでなく、ものの見方や考え方も変えていく必要があります。新しい技術や仕事の進め方から有益なものを抽き出す文化を持てるかどうかが鍵になります。

「特にクラウドで新しいツールを提供するような場合には、即座に仕事のやり方が変わります」コビー氏は話します。前職のジョン・ルイスでは、業務プロセス改革チームを立ち上げ、技術導入を円滑に進めた実績があります。

これまでの経験から言えることは、ITの重要性や業務への有用性を関係者全員に説明しなければITの取り組みは前に進まないということ。「デジタルインフラやサイバーセキュリティの構築のための巨額な投資には、合理的な裏付けが必要で、単に安心安全だけでなく事業効率向上にも役立つということを経営層に説明していく必要があります」。

現地で情報分析

業務に関わる基本的なITの取り組みが軌道に乗った今、コビー氏はさらに先端技術を使った事業支援について考えています。例に漏れず、特に関心があるのはAIや機械学習、ロボティクスの可能性などがあげられます。「そうした技術は、事業をさらに伸ばしていくという意味で非常に大きな可能性を秘めています」と彼は話します。




また、中国、ポーランド、インドでは、エッジコンピューティングやエッジデータセンターを用いた、クリーンエアとバッテリー素材の新たな事業計画が動いており、そのサポートにもあたる必要があります。「中央集中型の大規模データセンターであれ、クラウドであれ、今日処理すべきデータ量は莫大にあります。すべてを簡単に収集することはできません。生産工場に関して言えば、現場ベースで判断をしていく必要があります。工場の操業を理解するということは、現地の技術を使うということ。それで事業を伸ばす可能性を探るということです」。

コビー氏は、データ生成と同時にクランチデータセットに有効情報を盛り込むエッジ・アナリティクスに期待しています。ブリティッシュ・エアウェイズでCIOを務めていたときには、航空機の着陸のたびに膨大なセンサーデータがサーバーに送られてきていました。世界中に拠点を持つジョンソン・マッセイ社の生産ラインも似たようなものです。「データをすべて“データ・オーシャン”に溜め込むというのは、コスト面でも非現実的です。データが必要なのは現場ですから、情報がその場で手に入れば、ラインマネージャーはすぐに問題対処できます」。

こうした認識を踏まえ、マケドニア共和国のスコピエを皮切りにジョンソン・マッセイ社の触媒生産工場では、現地ベースでデータ分析機能が順次提供されていく予定です。

より大きな使命のために

こうした改革や取り組みは、効率化や生産性向上を超える大きな意義をもっています。

「会社として、またIT部門として、ジョンソン・マッセイ社の価値とはなにかということをつねに考えています」。“今を生きる人々と未来の世代のため、世界をよりクリーンで健康なものにする”というのがジョンソン・マッセイ社の企業ビジョンだとコビー氏は話します。「企業にはパーパス(目的)があり、世界中のIT部隊がそれを現実のものとしてとらえ、その達成に向けて力を合わせのるがとても重要です」。現在、彼の指揮するIT部門は、世界20ヶ国に広がっています。

「私たちには、化学、ビジネス、製品開発に長けた人材ばかりではなく、ITに精通した、力ある人材も必要です」と話すコビー氏。「そのためには、そうした人材を魅きつけ、さらにやる気を起こさせるような企業ミッションが欠かせません」。