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激変する社会経済環境のなか、共創へ流れが加速する金融業界

2020年11月

デジタル化の進展やコロナ禍の影響により、社会経済の各所で異業種を巻き込んだ協業の流れが強まっています。スコットランドの金融サービスを例に、そのあり方を探ります。

預金や決済などの銀行業務をはじめ、保険、年金、資産管理などのサービスを提供する金融業界は、新型コロナウィルスのパンデミックが経済や生活を揺るがすなか、特に堅実な事業運営を行っていることで広く称賛されています。

コロナ禍の影響で、金融業界の何十万人もの従業員の日常業務が一夜にしてテレワーク化するなか、オンラインバンキング、一般の銀行業務、公共融資といったコアなサービスが滞りなく保たれているばかりでなく、より一層強化されているものもあります。

コロナ禍は金融業界に業務のテレワーク化やクラウドサービス化、会議のオンライン化といった流れをもたらしましたが、顕著な変化はそれだけにとどまりません。デジタルによる顧客サービスの向上や業務オンライン化にいち早く取り組んできた大手金融機関は、フィンテック企業や大手IT企業、行政や大学、ソーシャルグループなどを巻き込んだエコシステムによるコラボレーションを加速させています。

なかでもそうした流れが際立つのがスコットランドの金融業界です。同国にはナットウエスト・グループ、スタンダード・ライフ・アバディーン、ロイズ・バンキング・グループ、テスコバンク、ヴァージン・マネーなど業界有数の銀行や資産運用会社、保険会社の本社や中核拠点がひしめいています。

オンライン連携は必須条件

スコットランド金融業界を代表するスコティッシュ・フィナンシャル・エンタープライズ(SFE)のCEO、 グレイム・ジョーンズ氏は、この5年間に業界でコラボレーションの様々なかたちが花咲いていくのを見てきました。特に目立ったのは業界大手企業とエディンバラやグラスゴーに集まる150社近くのフィンテック企業の連携です。

「フィンテック企業は長年、大手銀行や資産運用会社、保険会社などから目の敵にされていましたが、このところ新領域に乗り出すところが増え、そうした旧勢力の支配に終わりがきました。フィンテックは決済の自動化を促し、ブロックチェーンベースの投資プラットフォームは、従来の資産運用業務の解消につながります」。これまでにRBSやスタンダード・ライフ、アビバなどの取締役を歴任してきたジョーンズ氏はそう語ります。


スコティッシュ・フィナンシャル・エンタープライズ CEO グレイム・ジョーンズ氏(撮影: クリス・ワット)



しかし、その脅威は次第にチャンスと考えられるようになってきました。「この数年で流れが変わったのです。業界大手にとってフィンテックとの連携は単に有益であるばかりでなく、必須となってきているのが明らか」とジョーンズ氏は話します。「それで両者が歩み寄ることになったのです」。

こうした動きを歓迎する企業もあります。ナットウェスト・グループに属するRBSインターナショナルでデジタル&イノベーション部門を統括するジェイミー・ブロードベント氏は、昨年ロンドンで開催されたフィンテックタレント会議でこう語っています。「これまで大手銀行は要塞のように自分たちの周囲を壁で覆って敵を外に締め出していました。しかし、今は自分たちをエコシステムの一員だと考えるようになっています。現在の厳しい環境で生き残っていくためには多くの人々と手を組み協業していかなければなりません」。

連携に拍車

バークレーやスタンダードライフで重役を務め、現在フィンテック・スコットランドの会長に就いているスティーブン・イングルデュー氏は、大手もスタートアップも、大きなエコシステムに参画するためにはこれまでの意識を大きく変えていく必要があると話します。リスク管理や規制遵守、法務や監査の課題を例に挙げながら、イングルテュー氏は「大手はこれまでイノベーションについては社内でやっていくべきだと考えてきた」と話します。金融サービスのデジタル化の流れに加え、コロナ禍による市場環境の激変により、従来の『要塞』戦略は非現実的なものとなりました。「技術環境、業務プロセス、企業文化、経営のリーダーシップやノウハウが旧態依然とした大手金融機関は独力で機敏に立ち回ることができない」とイングルデュー氏は話します。


フィンテック・スコットランド会長 スティーブン・イングルデュー氏



「自分達だけでは市場の激変に付いていけないと悟ったのです。顧客を熟知していると独り合点せずに、顧客のニーズをしっかり見極めようとするなら、必要になるのは真のニーズをあぶり出すデザインベースの方法論です。それは多様な発想から生まれてきます。多様な才能と連携する環境が整っているか自問する姿勢が求められています」。

「将来、銀行は2つのタイプに分かれる」とRBSインターナショナルのブロードベント氏は話します。「他社と手を組み機敏に立ち回る術を学んでいくタイプと、そうした変革をせずに滅びるタイプです。前者を目指すなら、採るべき道は協業です」。

これはスタートアップにも当てはまります。「IT企業や大学、行政や慈善団体などとともに利益を分かち合いながら連携することで、より大きな力を発揮できるようになる」とイングルデュー氏は話します。

「連携を急がねばならないという認識が広がっています。銀行やスタートアップにとってばかりでなく、市場にとってもサービスにとってもそれは不可欠です」

ナット・ウエストでイギリスとヨーロッパの最新技術やソリューションを見ているマット・ジェームズ氏も、この経済状況での有益な連携の重要性を感じています。最近、SFEと富士通が開催したWebセミナーでジェームズ氏はこう語りました。「コロナ禍が収束したあとのことを考えると、不況下でデジタル化が進行するなか、特に金融サービスの分野ではフィンテック企業が活躍する可能性が大きい。スタートアップやフィンテック企業との協業は、SFE の事業戦略の中核を占めており、その方向性は今後も変わりません」。

プルデンシャル・フィナンシャル・プランニングの副CEOを務めるかたわら資産運用会社M&Gの顧客向けソリューションを指揮するリチャード・カルディコット氏も同セミナーで同様のことを訴えています。「わずか半年でイノベーションへのニーズは増大しました。コロナ禍が変革への資金を呼び寄せています。SFEのフィンテック企業にとっては間違いなく大きなチャンスと言えるでしょう」。新サービスへの業界大手の及び腰が新興フィンテック企業との連携を阻害しているとカルディコット氏は話します。

もっと機敏に手を打って業界でのポジションを固めるべきだと勧めるのは、銀行とフィンテックのエコシステムに詳しいレダ・グリプティス氏。Webセミナーのなかで彼女は「コロナ禍が、いま話題にしているデジタルファイナンスへの変革に拍車をかけている」と話しています。

銀行の成長戦略として大きな鍵を握るフィンテックとの協業。これまではそうしたことはリスク分散や新業態への緩やかな移行、実証実験といった文脈で語られてきました。「これまでたいていの場合、協業は大企業の好むやり方でゆっくりと進められてきた」とグリプティス氏は話します。しかし、これがいま変わってきているというのです。

「すでに変革が始まっていて、連携を急がねばならないという認識が広がっています。銀行やスタートアップにとってばかりでなく、市場にとってもサービスにとってもそれは不可欠です。この15年ほどの間、業界は周辺部分でフィンテックの試みをいろいろやってきましたが、これからはインフラやサービス提供の根幹の部分の変革を加速していかなければなりません」。

意識改革

先行きの見えない経済状況がベンチャー投資に影を落としている今、スコットランドのフィンテック企業は明らかに大手との連携を求めています。

「大手は社外から斬新な思考法を学ぶべきだとはっきり言っており、フィンテック側も新サービスで大手から顧客を奪うよりも、大手の事業の一部を支えることで業績をあげていくべきだと考えている」とSFEのジョーンズ氏は話します。

大手金融機関に投資のためのプラットフォームを提供するFNZは、この好例といえます。創業15年、従業員の平均年齢が28歳という同社は、スコットランド最初のフィンテック系『ユニコーン』で2018年時点の企業価値が220億ドルに達しています。エディンバラに拠点を置く同社はバークレイズ、アビバ、UBS、チューリッヒ保険グループを顧客に5,220億ドル以上の資産を管理しています。

「これまでのやり方を変え、リスクを取ることを学ぶうえで、コロナ禍は大きな転機といえます」

同様の成功を夢見るフィンテックのなかには、金融機関に一層の大胆さを求めるところもあります。「これまでのやり方を変え、リスクを取ることを学ぶうえで、コロナ禍は大きな転機といえます」と話すのは金融オープンデータを扱うDirectID社のCEO、ジェームズ・ヴァーガ氏。「フィンテックと連携した金融サービスがその良い例です」。

「実証実験や共同プロジェクトに社内チームを参加させるというようなことだけでなく、実際の事業にフィンテックの技術を本格導入していく必要があります。そうでなければ、何の効果もあがりません」。


DirectID社 創業者CEO ジェームズ・ヴァーガ氏



フィンテック・スコットランドのイングルデュー氏も同意見です。「大手経営層の意識改革が必要です。イノベーションとの付き合い方を見直し、フィンテックをある領域に特化した存在と見なすことを止めなければなりません。フィンテックの技術やサービスは本業に拡大展開していく必要があります」とイングルデュー氏は話します。

協業を仲介する

このように協業の重要性さが認識されたとしても、大きなエコシステムで成果を上げていくのは簡単なことではありません。大切なのは大手企業のどの部門とどのように連携するかということだとイングルデュー氏は話します。スタートアップは相手の優先事項をしっかり把握しておく必要があります。

「大企業というものは最優先で取り組むべき重要テーマや課題を持っています。フィンテック側は自分たちの技術やサービスがそのニーズを満たすと考え、ある程度はそれらを売り込むことができるかもしれませんが、そこに調整が行われなければ何も起こらない」とイングルデュー氏は話します。こうした点を解消するため、フィンテック・スコットランドは常に大手金融機関と関係を維持し、現状の優先課題と問題を把握しています。「こうしたつながりを持つことで、かたちだけのコラボレーションに終わらず、特定の課題に沿った実証実験やプロジェクト、試作やデザインに落とし込むことができます」。

大手と付き合うフィンテックは物事が簡単に進まないことを最初から覚悟しておく必要があると彼は話します。「イノベーションには、リスク管理、規制、コンプライアンス、顧客対応といったものが常につきまといます」。

金融サービスの従業員とクライアントがリモートでやり取りするためのテクノロジーを提供するAmiqusの創業者兼CEO、キャラム・マーレイ氏も同じことを述べています。

この3年、フィンテックとの協業を考える大企業は実証実験ではなく本業への適用を考えるようになってきたとマーレイ氏は話します。「大企業は開始するまでに時間がかかりますが、実行するとなれば必ず実施し、その展開規模はとても大きい。その際、スタートアップ側は覚悟して基本原則を押さえておかなければなりません。つまり、業界トップクラスの銀行が求めるレベルと自分たちの力量を正確に理解しておく必要があります」。


Amiqus 創業者兼CEO キャラム・マーレイ氏(撮影: スチュワート・アトウッド)



「小さな企業でも斬新なアイデアで資金を呼び込めば数年であるレベルまでいくことができます。しかし、それからさらに期待値を現実のものとしていかなければなりません。銀行の業務現場で採用されるためには情報ガバナンスやセキュリティの仕組みを確立しておかなければなりません。大きな組織では、異例な調達で間違いが起こるのは非常にまずいと考えられているからです」とマーレイ氏は話します。

「ただリスクへの姿勢はこのところ変わってきた」とマーレイ氏は言います。「最近では大手がスタートアップと組んでそのサービスを活用したり販売したりするケースが多く見られるようになりました」。

拡大展開

こうしたパートナーシップがもたらすメリットのなかでも一番大きなものは、拡大展開の可能性です。「フィンテック企業は大手企業と協業することで、さまざまな部門、人材、顧客にアクセスできるようになり、さらに独力で切り拓くには何十年もかかる市場ルートを手にすることができます。拡大展開は業績を伸ばす大きなチャンスです。成功したフィンテックは大手金融機関とのパートナーシップでそれを実現しています」とイングルデュー氏は話します。

小規模企業や個人事業主、会計士などにクラウド会計サービスを提供するFreeAgentはその典型です。RBSとの提携が決まると、同社は初年度に1万社の新規契約を獲得しました。これを見たRBSは6,900万ドルでFreeAgentの買収を決めました。

この件を仲介したSFEのジョーンズ氏はこう話します。「これは典型的な成功事例です。3名で創業したスタートアップが適切な仲介を経て大手銀行につながりました。協業の結果、買収の話が生まれ、関係を深めながらニーズを的確に満たせるようになったところで、銀行が決断したのです。この会社はすばらしい、買収しよう、というわけです」。

大手IT企業の役割

こうしたパートナーシップの共通項がテクノロジーである点を考えれば、大手IT企業にも果たすべき役割があります。「富士通やBTのような大企業が契約を後押ししてくれる」とイングルデュー氏は話します。大手企業はすでに顧客企業と信頼関係で結ばれているため、スタートアップはそれを利用してパートナーシップ契約を前に進めることができます。

「大手IT企業が関わるメリットのひとつは、セキュリティや事業継続や調達への懸念に対してすでに万全の仕組みができあがっているということです。その点を押さえておけば金融機関は安心して小さな企業の技術を使って新規サービスを立ち上げることができます」とイングルデュー氏は話します。

これは双方にメリットをもたらします。「大手IT企業は大手金融機関との関係をさらに深めていくために、新たな技術や価値を提案していかなければならない」とイングルデュー氏は話します。適切に選ばれたフィンテック企業はそのニーズを埋めていくことができます。

スタートアップにとっても、こうしたつながりはグローバルリーチを手に入れる絶好の機会です。エコシステムを通じて大手IT企業とスタートアップが協業する場合、開発されたソリューションを世界各地の市場に届けることができます。「これによって市場チャンスを全世界に拡大することができます」とイングルデュー氏は話します。

物事のあり方が激変するなか、課題解決には多様な相手との有意義な連携が欠かせない、という認識が広がり、それがこうした協業の流れを生み出しています。

「決済の仕方をはじめ、お客様との付き合い方、デジタル製品との付き合い方など、物事のあり方が大きく変わっていく現在、オープンイノベーションを通じて多様なアイデアを取り込んでいくことが求められている」とイングルデュー氏は話します。「社会においても経済においても、問題解決に多様性が求められています。意識の持ち方、専門領域や経験、人種や年齢の異なる人々が集まり、創造的アプローチで問題に立ち向かっていかなければなりません」。