Photography: David Payr

強い企業をデザインする方法

2019年6月

デジタルによる創造的破壊の波が広がるなか、ビジネスモデルの再構築に目を向けている大企業。しかし、ビジネスモデルの権威、アレックス・オスターワルダーによれば、ただそれを検討するだけでは不十分。好調な業績を維持していくためには、イノベーション・エンジンを作り上げ、常に新しい価値創造を続けていかなければなりません。

いま、世界の大手企業の経営陣が事業の存続をかけて真剣に議論していることがあります。それはすなわちビジネスモデルの強化と創出です。デジタルの市場が生み出すチャンスを掴み、新興企業の機敏な攻勢から事業を守るには、優れたビジネスモデルが不可欠です。それが生み出せないのであれば、経営の座から身を引かなければなりません。

コンサルティング会社「Strategyzer」(ストラテジャイザー)の共同設立者アレックス・オスターワルダーは、ローザンヌ大学で経営情報システムの教鞭を執るイヴ・ピニュール教授とともに、ビジネスモデルの理論家として高く評価されています。2010年に出版された共著『ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書』は多くの経営陣のハンドブックとなっており、その著書に示されたビジネスモデル・キャンバス(「キーパートナー」「価値提案」「顧客セグメント」といった構成要素をまとめ上げる枠組み)は、ビジネスモデルの検討・再構築に有効なテンプレートとして500万人以上に活用されています。

しかし、ベストセラーとなった共著の出版から10年、状況は一変したとオスターワルダーは話します。今日、ビジネスを取り巻く環境の変化は激しく、ビジネスモデルをたった一度見直しただけでは安泰ということにはなりません。企業はビジネスモデルを継続的に刷新していく姿勢と仕組みを備えていなければならないと彼は強調します。それに成功すれば、市場の荒波に適応するだけでなく、”無敵”になることができるのです。




その実践例は枚挙にいとまがありません。アマゾン、アップル、テスラ、マイクロソフト、Airbnb、そしてあまり知られていないところではダラーシェーブクラブやゼロックスがあります。

「実際のところ、ビジネスモデルはこれまでのように長くは使えず、その賞味期限はあっという間に切れてしまいます」。経営層宛ての公開書簡でオスターワルダーはそう綴っています。「在任中、ビジネスモデルを一度も変えることがなかったというような経営者はもはや存在しません。成長を続けていくためには、継続的にビジネスモデルを見直し、刷新していく仕組みが必要です。現行のビジネスモデルの実行と改善だけでなく、新たなビジネスモデルの探求と創出においても優れていることが求められています」。

「企業は現行のビジネス経営とイノベーションという2つのことを器用にこなしていく必要があります」

その基礎として欠かせないのがイノベーションのための企業文化。しかし、今日の中堅・大手企業にはそれが見当たりません。もしあったとしてもそれは名目上のお飾りに過ぎず、それはコロンビア大学ビジネススクールのリタ・マグラス教授が呼ぶところの“イノベーション劇場”なのです。

オスターワルダーはさらにその点を語ります。マグラス教授は、自身がコンサルタントを務める経営者たちに日常どれくらいの時間をイノベーションに充てているのか尋ねました。「企業がイノベーションに真剣かどうかを測るのにこれは最適な指標です」とオスターワルダーは話します。「もし経営者がイノベーションのために日々の時間の2割から4割を充てていないようであれば、真剣に考えているとは言えません」。

「イノベーションに対する経営陣の真剣度が全てです」と彼は言います。「予算はたいして問題ではありません。大事なのは経営者がイノベーションに取り組む能力や意欲を備えているかどうか。イノベーションの仕組みを理解し、担当者に権限を与えていくことが重要です」。

オスターワルダーは自身のコンサルティング経験からイノベーションの原動力についてこう話します。

イノベーション部隊は常に予算を削られる既存事業の攻撃に晒されます。当然ながら既存事業は新規事業よりも多くの売上をあげているからです。「権限がなければ、イノベーションの予算も降りません。社内ベンチャーが新規事業で既存顧客をターゲットにすることも許されません」。

「投資資金、ブランド、顧客、事業インフラ、市場規模など、大企業にはイノベーションのための全てが揃っているのに、たいていの場合、社内ベンチャーやイノベーション部隊はそれに手をつけることが許されないのです」。

そこで必要なのは権力ピラミッドの逆転だとオスターワルダーは主張します。「イノベーションを成功させるには、小さく始める必要があります。しかし、大企業では、予算とチームが大きければ大きいほど、担当部署に箔が付く。だから、小さなイノベーション部隊はたいしたことがないと見下されてしまうのです」。

同時に2つの違うことを

イノベーションを進めるには権限の分離が必要です。そうすることでアイデアの初回検証時や拡大展開の際に簡単にストップをかけることができます。

ただ、企業文化をそのように変えていくのは、とかく難しいもの。経営陣は社内に向けて、スタートアップのように機敏にやれと話しますが、組織構造も企業文化もそのようにはなっていないとオスターワルダーは話します。

「企業は、経営学者がいうところの“両手利き(ambidextrous)”になる必要があります。つまりそれは、既存事業をうまく回して利益を出すと同時に、新規のアイデアを不断に生み出す流れを作るということです。そうしたアイデアのなかから将来の成長をもたらす原動力が生まれてきます。問題なのは、その2つを行うには、異なる文化、評価指標、スキル、人材が必要だということです」。

「今日のビジネスモデルはヨーグルトのようなもの。ただでさえ賞味期限が短いのに、いまそれがさらに短くなっています」

しかし、“両手利き”がいつも社内に対立を起こすというわけでもありません。「経営陣はよく、社員全員がイノベーターであれというようなことを言いますが、しかし、実際それは社員同士の協力関係なのです。既存事業を動かす人々は将来の成長のための原資を生み出しますが、彼ら自身は未来を創造する役割ではない。それを認めなければなりません。イノベーションについてもっと真剣に考えましょう。同じ社内で既存事業と新規事業を動かすのは大変なこと。優れた経営者の役割は、両者が活きる環境を整えることです」とオスターワルダーは話します。




これまでマスターカード、富士通、SAP、3M、ゴアなど世界トップ企業の経営陣と仕事をしてきたオスターワルダーは、イノベーション主導型のビジネスモデルを目指し、企業文化を変えて年間40から80ほどのイノベーションプロジェクトを動かす企業をいくつも見てきました。

イノベーション部隊は、2、3カ月かけてアイデアの検証を行い、顧客を巻き込んで新事業の価値を見極めます。そのうえで実証実験を経たプロジェクトの30%から40%に資金が投入されます。

「不発のプロジェクトは失敗だったかもしれませんが、資金も時間もたいしてかかっていません」とオスターワルダーは言います。「大切なのは、イノベーションが一筋縄でいかないことを知る経営層がプロジェクトの担当者たちに労いの言葉をかけることです。かれらは失敗したのではない、不発のプロジェクトも未知なるものを探求するこのビジネスモデルの一部なのだと」。

イノベーション・エンジンの創出

試作や実証実験のあと、いわゆる“次の大ヒット”を飛ばすことと、それを不断に続けていくビジネスモデルと企業文化を創り出すことは別の話です。

「大ヒットを飛ばしてこれで安泰だと思っている企業は“無敵”ではなく、むしろその正反対です。“無敵企業”の代表格であるアマゾンのトップ、ジェフ・ベゾスいわく「アマゾンは破産して失敗する運命にある」。この態度に学ぶべきです。「物事がうまくいっているうちに、継続的なイノベーションに真剣に取り組まないならば、成功はおぼつかず、破綻がすぐにやってきます」。

「たいていの企業はイノベーションがうまくいけば一息つけると考えていますが、実際はその逆です。成功したときこそ安心してはいけません。気を抜けばすぐに新興企業に市場をさらわれます。この戦場で勝ち抜いてきたアマゾンは、常に革新を続けてきたシリアルイノベーターなのです」。




もちろんアマゾンには、それを行うだけの資力があります。「イノベーションで大事なのは投資のタイミングであって、一度きりの“大ヒット”ではありません。イノベーションの原動力を生み出すことが大事なのです。それは常に未知なるものを探究し続けるということです。“両手利き”の組織が必要なのはそのためです。新しい成功を手にして全てが終わりになるわけではなく、何度も繰り返しそれを続けていかなければならないのです」。

ビジネスモデルの賞味期限

これからのビジネスモデルは、昔のように何十年も市場を独占できるようなものである必要はありません。

「そこが大きな違いです」とオスターワルダーは話します。「CEO歴の長い経営者が将来に向けて無防備なのはそのためです。かれらは長期的に使えるビジネスモデルに頼ってきました。今日のビジネスモデルはヨーグルトのようなもので、その賞味期限は短いのです。だからこそ常に新しいものを棚に用意しておかなければなりません」。

ビジネスモデル・ジェネレーション3.0

アレックス・オスターワルダーとイヴ・ピニュールは2020年1月に3冊目の共著『The Invincible Company(無敵企業)』 を出版予定。ビジネスモデル解説書である『Business Model Generation(ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書)』(2010年出版)の論点をさらに展開し、終わりなきイノベーション創造、ビジネスモデルの働き、新しい成長エンジンなどを解説。