実行フェーズに入ったブロックチェーン

2018年10月

従来、金融サービス領域で仮想通貨を支えてきた技術、ブロックチェーン。いま他の産業分野に広がりを見せ、大きな影響を与えはじめています。

10年前、ビットコインを支える技術として登場したブロックチェーンは、その誕生以来、仮想通貨と関連付けられてきました。

経営思想家のドン・タプスコット氏や元スイス銀行(UBS)CIOのオリバー・ブスマン氏など、この技術が金融サービス以外でも有効性が高いと指示する人は多かったものの、ビジネスの現場ではそれほど導入が進んでいませんでした。ところが、ここにきて多くの事例が出始めています。

「ブロックチェーンの問題点は、それがあたかも90年代後半にルーターやスイッチが出てきたときと同じような調子で語られていることです」と話すのはビジネス向けデータサービスの提供で知られるダン・アンド・ブラッドストリート(D&B)社のサリーム・カーン氏です。サリーム・カーン氏はデータイノベーションの世界的指導者と目されています。「ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)を生みだしたネットワーク基礎技術は、開発と実用化に幾年の時を要しましたが、グーグルがインターネットを誰にも身近に使えるようにするや否や、注目されるようになりました。それと同じように、ブロックチェーンの分散型台帳のコンセプトがビジネスの重要課題に有効だということが分かれば、すぐに花ひらくはずです」。

そこでいま各業界のIT担当者たちは、その方法をなんとか見出し、業界にブロックチェーン革命を起こそうとさまざまな取り組みを行っています。

サプライチェーンに有効

商業用プラットフォームAptosでリテールイノベーションを担当するニッキ・バイアードVPによれば、小売業というのは、一見してブロックチェーンによる革新が起こりそうもない業界です。「小売店は新しい技術の導入については、概して保守的ですから」と彼女は話します。

一方で彼女は、流通のサプライチェーンを変革する衝撃力をブロックチェーンに期待しています。「とくに重要なのはトレーサビリティです。ブロックチェーンを使って商品流通の共通台帳を作っておけば、原産国の追跡などサプライチェーンのセキュリティに役立ち、輸入手続きを加速することができます」。

実際にそれを実行しているのが、食品と飲料の大手ネスレ。同社のデジタル革新マネージャーを務めるベンジャミン・デュボア氏は、顧客の信頼につながる商品のトレーサビリティの重要性を強調します。できるだけシンプルに、コストをかけずそれを達成するため、同社は常に新しい技術を検討しています。ブロックチェーンは2017年に離乳食用の米国産かぼちゃの出荷追跡のために導入されました。成果が挙がったため、かぼちゃ以外の原材料にも追跡の幅を広げ、コロンビアをはじめ複数国の国境をまたいだ運用を行っています。

デュボア氏はこう話します。「食品のバリューチェーンは大勢の業者が絡み、非常に入り組んでいます。さまざまな関係者から流れてくる情報を安全に記録するため、ブロックチェーンは有効です。記録された情報は、透明性と不変性を備え、事後の検証も可能です。サプライチェーン全体で安全性を保ち、簡単にデータを共有できるだけでなく、その関係者だけが結果を知ることができるようになっています。原材料や商品について、これまでより早く、どの時点においても、その場ですぐに確認できるようになりました」。

こうした成功にもかかわらず、彼は慎重さを緩めていません。「拡大展開するには、どこにどのようなメリットがあるのか実証してからでないといけない」と話します。「それがこれからの仕事につながります」。

情報の信頼性

D&B社のカーン氏は、記録された情報の信頼性を高めるブロックチェーンは、マーケティングや広告の分野にも活用できると考えています。広告詐欺や個人情報漏洩、不正認証などへの対策として有効だというのです。「クリック数による広告詐欺の5割から6割はボット(機械運用)によるもので、マーケティング担当者はクリックの正真性の問題に悩まされています。ブロックチェーンはしっかりしたオンボーディング処理でクリックの主体を認証し、広告詐欺を減らします」。

「ITの責任者は、才能あるエンジニアにこの新しい技術を学ばせるべきです」

ブロックチェーンを活用した認証強化に取り組んでいるD&B社は、いま所在地に紐づいた自社の企業識別コード(DUNSナンバー)にブロックチェーンIDを付与する取り組みを行っています。これは企業間の取引、与信、ローンなどの信頼性を高めるためのものです。D&B社のブロックチェーンで企業識別コードを確認することで、商取引や与信の情報の正真性が証明され、それは企業の信用につながるという仕組みになっています。

企業の信頼性と情報の認証が重要という点においては、健康・安全が重要課題の石油・ガス業界も同様です。ブロックチェーンを用いることで、これまで数週間かかっていた安全性証明の手続きをほんの数分に縮めることができる、と富士通ブロックチェーン・イノベーション・センターのフレデリック・デ・ブリューク氏は話します。

改ざん不可能な台帳

ブロックチェーンのデータは改ざんすることができません。この特徴は来歴や正真性が重要な商品取引に得難いものです。記念的価値のあるスポーツグッズの取扱大手アイコンズ・ドットコム社は近ごろ、デジタル代理店ゾーン社と協力し、署名入り記念スポーツグッズの偽造対策にブロックチェーンを導入しました。同社は今後数ヶ月をかけて、5万点のアイテムをブロックチェーンベースのアイコンズ社プラットフォームにアップロードする計画です。それぞれのアイテムに独自IDを割り当て、署名と来歴を添えて台帳に収めます。「こうすることで各アイテムの正真性が保証されるわけです」と同社は話しています。

ビジネスバリューの発掘

富士通はこうしたブロックチェーンの広がりに目を向ける企業のひとつですが、その導入に関しては慎重を喫し正しい活用法を見極めるよう勧めています。富士通のブロックチェーン・イノベーション・センターのデ・ブリューク氏はこう語ります。「ブロックチェーンでなくても、ほかの技術を使って、もっと効率的に解決できる問題はたくさんあります。ブロックチェーンは誰もがずっと探し求めていた聖杯でも、万能薬でもありません。それが役に立つ領域がある、ということなのです」。

ブロックチェーンが役立つかどうかを1週間ほどで判定できる実証実験のフレームワークを同社は提供しています。

それは医薬品業界で用いられました。この実証実験を行った企業は当初、記録の改ざんが不可能な点に注目し、創薬手順のコンプライアンスを証明する“電子実験ノート(electronic lab book)”にブロックチェーンを活用しようと考えていました。

しかし、最終的に同社は、電子実験ノートではなく特許の相互利用にそれを活用する方が現実的だということに気づきました。「電子実験ノートの制御にすでに多額の投資を行っていたため、改ざんを抑えるというだけの目的でブロックチェーンに変更するのはコスト的にメリットがないのです」とデ・ブリューク氏は話します。

「これは大事な点です。適切な領域に慎重に導入し、コストやコンプライアンスの面で確実に成果を挙げていかなければなりません」。

富士通はまた文書管理の領域にもブロックチェーンを試しています。組織を跨いだ請求書の管理に課題を見出した同社は、買手の注文書コードを売手の請求コードに紐付け、変更不可能な手順にまとめることで、スマート契約を複数の請求書の送付と管理に適用しようとしています。デ・ブリューク氏によれば、大企業では扱う請求書の1割に問題が発生しているため、その一部でも解消できれば大きな利益をもたらすということです。

このほかにも富士通は出版業界でフェイクニュースの問題に取り組んでいます。富士通のブロックチェーン・イノベーション・センターでリードアーキテクトを務めるクリス・ピリング氏はこう話します。「フェイクニュースにはふたつの意味があります。ひとつはSNSなどで一般に言われているもの、そしてもうひとつは未承認の社内情報や社内文書が外に漏れるというものです」。そうした漏洩情報を見た第三者は、不正開封できない監査証跡によって一瞬でその情報の真偽を判定できるようになります。ソーシャルネットワークでも、将来的にSNSユーザーたちは情報の出所が正しいものかどうか、改ざんできない正真スタンプの有無によって判断できるようになるだろうと、ピリング氏は予想しています。

さまざまな成功に勢いを得て、ブロックチェーンの活用はいま業界の壁を超えて広がっています。セキュリティをはじめ、来歴の追跡、改ざん防止、分散型台帳など、そのメリットは多彩で、ビジネスや社会に大きく浸透しはじめています。

上に挙げたいくつかの事例は、今後大きく発展する新技術の礎石ともいえます。カーン氏が言うように、ブロックチェーンの活用に備える時はもう来ています。「ITの責任者は、業務プロセスを刷新し、お客様のニーズに応えるためにも、才能あるエンジニアにこの新しい技術を学ばせるべきです」。

人的支援への適用



国際連合世界食糧計画(WFP)は、シリア難民への食費給付にブロックチェーンを活用しています。ブロックチェーンを用いることで、無駄な手続きやコストを避けながら、現地の銀行を介さず難民一人ひとりに現金を給付することができます。「2018年1月以来、難民キャンプにいる10万人以上の人々にブロックチェーンを介した給付が行われています。この仕組みによって、セキュリティと個人情報を守りながら、すべての給付記録を自主管理できるようになりました。自分たちで手軽に照会も行え、第三者への支払いコストも大幅に抑えられます。現金給付のほかにも、物資のサプライチェーンや電子ID管理などにもこの技術を活用できるのではないかと検討中です」とWFPは話しています。