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時代の必須課題としてのイノベーションのエンパワーメント

2020年12月

先日、オンラインイベントとして開催されたグローバル・ピーター・ドラッカー・フォーラム2020。ビジネスや社会が直面する大きな課題を前に、いかにしてイノベーションの阻害要因を取り払うかについて、議論が展開されました。

グローバル・ピーター・ドラッカー・フォーラム
イノベーションの重要課題と解決策に関するパネルディスカッション

高重 吉邦(富士通 グローバルマーケティング本部 チーフストラテジスト)
アレックス・オスターワルダー(ビジネスモデルキャンバスの発明者/Strategyzer 共同創立者)
ファルコ・ ワイデマイヤー(Ernst & Young シニアパートナー)
ダリヤ・イサックソン(スウェーデン・イノベーション庁長官)
ハワード・ユー(IMDビジネススクール、経営とイノベーション 教授)

今日のイノベーションの主要課題
Q: 気候変動、富の不平等、ダイバーシティ、経営責任、世界的なパンデミックの影響への対処など、企業経営者や行政責任者の早急な行動が必要な重要課題が多々あり、そこではイノベーションへのニーズがかつてなく高まっています。しかし、未だにそうした取り組みを阻害する要因がいたるところにあります。今日のイノベーションの抱える主要課題とは何でしょうか?

高重 吉邦(富士通)

コロナ禍が各方面に大きな影響を与えるなか、いま私たちはとても不確実でディスラプティブな瞬間を過ごしています。パンデミックがデジタル化を世界中で加速させ、生活や仕事の多くの場面でオンラインが当たり前になりつつあります。さらにそこに気候変動や高齢化社会といった世界規模の深刻な課題が目の前に控えています。この状況を打開するためにはこれまで以上に創造性が必要になります。


高重 吉邦(富士通 グローバルマーケティング本部 チーフストラテジスト)



しかし、課題は、イノベーションに向けて人々の意識や行動を変えることがとても困難であることです。企業は長年のやり方に囚われてしまいがちです。イノベーションに取り組んだとしても、成果を出せず方向性を見失うことも数々あります。ここでこう問いかけなければなりません。必要とされているイノベーションを生み出すために、経営陣はどうすれば社員を奮い立たせ、彼らの力をひとつに集めることができるのか、と。

アレックス・オスターワルダー(Strategyzer)

イノベーションの阻害要因は主に3つあると考えています。まず、イノベーションについての理解の欠如が挙げられます。イノベーションはひとつのかたちに限ったものではなく、効率化イノベーション(改善)、持続的イノベーション(新しい価値提案)、変革的イノベーション(ビジネスモデルの刷新)など多様な様態を持っています。

効率化のためのイノベーションは誰でも始められますが、AWS(アマゾンウェブサービス)が辿ったような、新たな成長エンジンの立ち上げ方を知っている人は多くはありません。効率化と成長エンジンの取り組みはまったくの別もので、それぞれ異なる専門性や行動原則が求められます。というのも、いまだに大半の人はイノベーションを通常のビジネスの延長線として捉えているからです。むしろ、新たな成長エンジンやビジネスモデルを革新し、探求することが重要です。

第二に考えるべきは、イノベーションを専門領域として扱うということです。『イノベーション』という言葉についても、それを語る際に適切な意味で使われているかどうか検証する必要があります。いま挙げた効率化、持続的、変革的の3つのタイプを区別して考えなければなりません。

しかし、イノベーションについての一番の課題は、その取り組みを後押しする力が社内に欠けているという点です。イノベーションハブに人材は揃っていますが、かれらはエンパワーされていません。さらに、肩書きに『イノベーション』とあることは、たいていの場合キャリアの死を意味しています。CEOやCTOだけでなく様々な経営層にいちいち判断を仰いでいかなければならないからです。だからこそいわゆる『イノベーション劇場』を止めて、イノベーションに真の力を与えていかなければならないのです。

どんな企業でも社内での活動は活発で、斬新なアイデアや面白いプロジェクトが数多く動いていますが、支援する力が欠けており、せっかくのアイデアも経営層にまで届きません。

ファルコ・ワイデマイヤー(Ernst & Young)


ファルコ・ ワイデマイヤー(Ernst & Young シニアパートナー)



イノベーションは多面的なものですが、たいていはテクノロジーの話に終始してしまいます。また、イノベーションはそれ自体が価値なのではなく、目的達成のための手段に過ぎないということを忘れてはなりません。とくに未来への方向性を示すリーダーシップが求められ、管理や効率化よりもそうした舵取りが重要になっている今日の状況下ではなおさらそういえるでしょう。

また、イノベーションという言葉は誇大に用いられがちです。ファッション業界で次のシーズンのコレクションのことをイノベーションと呼んでいたのを目にしたこともあります。要するにイノベーションというものは、正しい目で適切に見ていかなければなりません。また、イノベーションを独立した専門分野と勘違いしていることも多く見かけます。実際イノベーションが成果をあげるのは、単独で独立して活動しているときよりも、様々な組織と密に連携しているときです。

ハワード・ユー(IMDビジネススクール)

経営層にイノベーションの話を聞くと、持続的イノベーション、変革的イノベーション、破壊的なイノベーションにフォーカスした取り組みが多いことがわかります。最近、とくに苦労されているのは破壊的な潜在力を持つイノベーションを試行する機会に恵まれないことではなく、むしろそれをどのようにスケール(展開・拡大)するかの難しさです。イノベーションの成功の鍵はスケールできるかどうかにあります。それができなければ、いかに破壊的なイノベーションであっても単なるお遊びに終わってしまうからです。

よく見かけるのは研究開発部門に破壊的なイノベーションを取り組ませたり、リーンスタートアップで機敏に実証実験を進めたり、社内のベンチャー資金でスタートアップを買収したりする手法です。しかし、結局はイノベーションの芽を大きく育てることができず担当部署が消えてしまうことが多いのです。IMDビジネススクールでは、そうした事例のベンチマークを行い、スケールに成功した企業と失敗した企業を比較評価しています。


ハワード・ユー(IMDビジネススクール、経営とイノベーション 教授)



たとえば自動車業界では長期目標として、いずれのメーカーもAIによる自動運転車を目指しています。また、電気自動車も重要課題で、そのための配線図の検討がなされています。これらの点で技術を磨き、スケールさせることに成功した企業がある一方で、中途半端に取り組んだため、大した成果をあげられなかった企業もあります。今後長く生き残りを目指すのであれば、企業はイノベーションをいかにスケールするかを真剣に考えていかなければなりません。

ダリヤ・イサックソョン(スウェーデン・イノベーション庁長官)

いま一番の問題は、私たちの社会課題に対して、イノベーションが必要とされるスピードでそれらを解決できていないことです。コロナ禍から学ばなければならないのは、私たちが直面する課題が、世界規模で関係しあう複雑でシステム的な性質を持っているということです。いま現在のこの状況は、私たちひとりひとりが総体として生み出した複雑なシステムの所産なのです。グローバルバリューチェーンをどのように構築しているかといったことから、食糧や生物多様性をふくむ地球の資源をどのように管理しているかに至るまで、現在直面している深刻な脆弱性に表れています。2020年に多くの都市がロックダウンを行ったことにより、グローバルな二酸化炭素排出量が急減したことを見ても、そのことがわかります。

科学的に見て、この2010年代の10年間が私たちの未来を決定する10年になることは明らかです。ここで私たちが成功するか失敗するかは、単に100年、1,000年に関わる話ではなく、人類社会の存亡に関わる問題です。地球を救えということでもありません。地球は人類がいなくてもやっていけます。手遅れとなってしまう、現実的な厳しいタイムリミットが迫っています。

人類が生き残るには、今後9年間で二酸化炭素の排出量を半減させなければなりません。客観的な達成目標を立て、それを実行しなければなりません。技術、知識、イノベーションの活用が奏功すれば、子供たちに未来を残す道筋をつけることができますが、もし失敗すれば結果は最悪となります。

暗い話をするなら、人類はいま存亡の縁に立っていて残り時間はわずかなのに立ち往生しているということです。地球環境という制約条件を考慮しない資源浪費型ビジネスモデルを続けることはできません。一方、明るい話をすれば、危機に対処するための技術や知識はすでに揃っているとも言えます。


ダリヤ・イサックソン(スウェーデン・イノベーション庁長官)



産業革命は想像を超える速さで進行するもので、今回も同様です。これは第一次産業革命以来最大のビジネスチャンスと言い換えることもできます。

問題は、この深刻な課題を解決するイノベーションがまだないということです。人材やアイデアはあっても、人類が生き残っていくために、すぐにも必要なイノベーションを実現する仕組みがありません。

イノベーション阻害要因への対策
Q: 大企業におけるイノベーションの取り組みの多くが、方向づけが間違っていたり、名前だけで実質を伴っていなかったり、支援を欠いていたりする場合、どうすれば阻害要因を取り払うことができるでしょうか?

ハワード・ユー

企業の主軸というよりも副次的な位置づけで研究開発部門を稼働させて、イノベーションに取り組ませることはできます。しかし、組織を変えるためには、自社が何を優先するのかについて難しい選択をしなければなりません。これまでの中核事業からシフトして、イノベーションに基づいて未来の成長を築くように社内リソースを動かす必要があります。

そのためには、研究開発部門や個人の起業家の生み出す事業機会をつかみ、それを大きくスケールしていくことについて、経営陣が共通の認識を持つことが不可欠です。これは簡単なことではありません。経営陣には難しい議論が待ち受けています。解雇と新規獲得を含む人の入れ替えが必要であり、個人が企業に忠誠であるかよりもどのような知識を持っているかを優先し、多様な観点から検討する必要があります。実際、最良のCEOの多くは、会社のインサイダーとしての目と同時にアウトサイダーとしての目を持っています。つまり社内を知悉しながら社外の視点でものを見ることができる人間です。破壊的なイノベーションを大きく展開するとき、彼らは過去にこだわらず厳しい選択をすることができます。

イノベーションをスケールできる企業にはこれらの必須条件が揃っていますが、漫然とイノベーションに取り組む企業はそれらが見当たりません。

高重 吉邦

富士通では、これまで個々の顧客企業との閉じた関係の範囲でイノベーション創出を追求してきました。その中から新しいソリューションを共創してきましたが、そういったイノベーションは必ずしもスケールするものではありませんでした。もっと多様な企業や組織を巻き込むべきだったのかもしれません。

イノベーションの阻害要因を解消するためには、一つにはビジネスモデルを外部にもっとオープンにし、競合企業でさえ参加できるような、開かれたものにする必要があります。新しいアイデアをスケールするためには、そうしたオープンなアプローチが有効です。一例として、先日富士通は、ファナックとNTTコミュニケーションズとともに、製造業のデジタルトランスフォーメーションを加速するクラウド環境を提供するジョイントベンチャーを立ち上げました。このプラットフォームには今後さらに多くの企業が参加してくると期待しています。

アレックス・オスターワルダー

イノベーションの阻害要因を解消するには、知らないことを受け入れる寛容さが必要です。どのビジネスモデルが成功するのか、どのプロジェクトがうまく進むのか、誰にもわかりません。ひとつの大ヒットを生み出すためには10万ドル規模のプロジェクトがいくつ必要なのでしょうか。初期段階のベンチャーキャピタル投資の統計によれば、成功するプロジェクトは1,000件のうち、わずか4件のみです。

イノベーションについて最も重要なことは、最初から必ず成功するプロジェクト、言わば勝ち馬、を選ぶことはできないということです。計画が立てられるようなプロジェクトでは、先行きをある程度読むことができます。しかし、イノベーションのプロジェクトにはなんの前例も手がかかりもないので、既存事業のようにうまく事を運ぶことができません。自動車関連や電動工具の大手企業であるボッシュは、イノベーションの育成を大規模に実施しており、この点で良い事例となっています。大企業の例に漏れず、ボッシュもまたイノベーションアクセラレーターを立ち上げていますが、彼ら成功するに違いないプロジェクトを最初から選ぶことをせず、システマチックなプロセスでプロジェクトをふるい出していきます。成功プロジェクトが浮かび上がってくるようにするため、何をしているのでしょうか。

アレックス・オスターワルダー(ビジネスモデルキャンバスの発明者/Strategyzer 共同創立者)彼らは3年間で200件のプロジェクトに投資し、どれが成功しそうかあえて選ばないことで阻害要因を取り去ったのです。少額の資金と時間をもらい、誰もが自分のプロジェクトを立ち上げることができます。しかし、3ヶ月後には、顧客の関心など、プロジェクトが実行可能である見込みを示す証拠を提示しなければなりません。そこでまず全体の70%のプロジェクトがふるいにかけられ、残り60のプロジェクトに追加で30万ユーロの資金が与えられます。そして6ヶ月後、生き残ったプロジェクトの70%を再びふるいにかけるのです。

アイデアの有効性が実証できたプロジェクトに資金が与えられるので、最初から勝ち馬を選ぶのと違い、徐々に成功確率の高いプロジェクトがわかってくる仕組みです。こうしたオープンな姿勢はボッシュに限らずあらゆるところで求められています。どのプロジェクトが成功するか自分たちには分かるというような態度は抑える必要があります。そんな姿勢でイノベーションに取り組めば、大金を捨てることになります。

いま求められているのは、こうした実際に機能するやり方を後押ししてくれる経営者です。また、それを軌道にのせ、イノベーションは工場の候補地をひとつに絞るような意思決定とは違うのだと声を大きくして言う経営者です。なぜなら、最初から成功するプロジェクトを見極めることはできないし、成功するアイデアが浮かび上がるようにするしかないからです。

このようなイノベーションの仕組みを構築できれば、有効なアイデアが生まれてくることは間違いありません。ベンチャーキャピタルはそれをもう何十年も続けてきました。だからこそ既存の大企業のビジネスを破壊(ディスラプト)するスタートアップが生まれてくるのです。大企業には破壊的イノベーションを生み出す資源が数多く備わっています。必要なのは適切な仕組みをつくることであり、そうすれば課題を解決することができます。イノベーションはもはやブラックボックスではありません。大事なのは、それを実現するリーダーシップなのです。

ダリヤ・イサックソン

社会を持続可能に変革するイノベーションを起こすには、何が必要でしょうか。社会システムのイノベーションに関する調査によれば、重要なのは方向性です。社会に貢献するイノベーションを実現するという、明確な目標の共有です。厳しい判断を下し、難しい舵取りをして、過去のビジネスモデルを捨て去ることによってのみ、真の変革を始められるのです。

社会変革のイノベーションとは、自分だけでは全体を計画できない、これまでとは全く違う新しいビジネスモデルに未来を賭けるということです。共通のビジョンのもとにエコシステムをつなぎ合わせることを通じて、新しいバリューチェーンを構築していかなければなりません。

明確な共通の目標を持てば、人は責任を持つようになります。いま世界に広がるコロナ禍への対応はその例です。個人も企業も国も、様々な物事に難しい新たな優先順位をつけて、大胆な判断を下しています。こうしたことが社会の至る所でイノベーションを加速させています。

イノベーションのリーダーは、誰もが望む明確で共通の新しいビジョンを掲げて、強力なアライアンスを生み出しながら、未来から人々を導いていくことができる人です。

スウェーデンにひとつの事例があります。同国の鉄鋼業界は化石燃料主体のビジネスは存続不可能だと判断し、バリューチェーンの隅々まで化石燃料を排除した産業構造の実現について自問しました。このような大胆な目標は、一社単独では実現できません。口先だけではなく、業界全体で優先順位を定め、資金と人材を投入し、協力して進めていかなければなりません。

新規事業の立ち上げや既存事業の変革を実行する際、持続可能な世界に向けた科学的な根拠に基づいた目標に沿って、戦略的な優先事項を決めていく必要があります。それは、気候変動という課題に向けた戦略を、ビジネスのビジョンやミッション、価値提案、製品、サービス、研究開発ロードマップの全てに統合していくということに他なりません。

高重 吉邦

事業活動にとっても、社会の共通目標は必須事項と言えるでしょう。富士通が世界の経営層を対象に行ったグローバル調査では回答者の92%が、社会への価値提供が中長期の企業の持続可能性に重要だと答えています。これは事業経営にとって社会の目標が重要だということです。しかし、そうした取り組みに向けて社内の意識を変え、社会共通の利益のためにより多くのリソースを投入していくのはなかなか簡単ではありません。

今年、富士通は自社のパーパス(企業の存在意義)について議論を重ね、広く社会や多様なステークホルダーに向けて私たちが何ができるかについて突き詰めて考えました。そこで定義されたのが「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」というパーパスです。同時に『Work Life Shift(ワークライフシフト)』という働き方改革のプログラムも始動させ、すべての富士通社員が自宅でも事務所でもサテライトオフィスでも自分に適した場所で仕事ができるように変革しました。それにより働く人々の創造性を解き放ち、一方でより豊かな人生を送れるようになることを期待しています。これは、民間企業が社会に貢献していくうえでできることのひとつの事例だと考えています。

イノベーションというのは、人々の課題(Job To Be Done)に対して、まったく新たな解決策を提供することです。ここで特に大事なのは、パーパス・ドリブン(目的駆動)で、ヒューマンセントリックに物事を進めること。そして新しい課題を斬新なやり方で解決するために、社員をエンパワーし、企業や業界にまたがるエコシステムを作りあげていくことがとても重要です。

・2020年10月30日開催の第12回グローバル・ピーター・ドラッカー・フォーラムにおけるパネルディスカッション、進行役はハルト・インターナショナル・ビジネススクール チーフ・アカデミック・オフィサー(CAO)のヨハン・ルース教授