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CxOインタビュー

デジタルで空の旅をリイマジン(再構想)するJAL

2020年8月

コロナ禍のなか航空業界はどう変わるべきか。テクノロジーを活用して、どのように人と信頼を中心に据えた旅行体験を描くかについて、日本航空(JAL)のグローバルマーケティング部を率いる光益 彰(みつます あきら)氏が語ります。

新型コロナウイルスの感染拡大は、ビジネス界に大きな影響をもたらしています。中でも旅行産業、特に航空業界は史上まれにみる逆境に陥っています。IATA(国際航空運輸協会)の調べによれば、コロナ禍以来、世界の航空機利用者数は約9割減となっており、以前の状態に戻るのはどんなに早くとも2024年になるとの見通しです。事実、世界の航空会社の多くは存亡の危機に立たされています。

しかし、JALでグローバルマーケティング部を統括する光益 彰氏は、この暗い見通しに過度に落胆せず、さらにその先を見つめています。これからの数十年、航空業界で事業を存続させるためには全てにおいて顧客を中心に据えた姿勢が不可欠です。そして、今回の危機はこのような新しい考えを実行に移すチャンスだと捉えています。当然のことながら、その多くはデジタル技術の適用と、JALが生成・収集する大量のデータから画期的な価値を引き出す力に大きく依存することになります。

「今の状況は、立ち止まって、考え、過去を振り返り、リセットをする絶好の機会です」。既成概念に囚われない柔軟な思考が大切だと光益氏は話します。「前提の無い白紙の状態から未来の旅をどのように創造したいのかを考える必要があります」。

人中心のデザイン

売上高1兆4,110億円を誇るJALにとって、未来を再構想するための2つの重要な柱となるのは、人を中心に据えたデザイン、そして顧客側と事業側のニーズの両立(誘因両立性)だと光益氏は言います。

「この考えは、高度なテクノロジーを活用して、ヒューマンセントリックな体験を生み出すということです。自動化やAIが多用されていても、全てが人の行動に基づいて設計されています。まだJALでは始まったばかりですが、全体のカスタマージャーニーを深く検討し、それぞれのシーンでお客様がどのように反応し、そこで何を求めているのかを理解しようとしています。もちろん、ここでは大量のデータ解析が欠かせません」。



光益氏にとってこれは、顧客の心理を細部まで分析し、従来の市場調査ではなかなか見えてこなかった真の価値を探り当てるということです。「お客様の行動様式や嗜好を本当に理解するためには、より多くのデータ分析が必要です」。無味乾燥な問いに答えるだけの顧客アンケートなどでは、そのような洞察はなかなか浮かび上がってこないと光益氏は指摘します。

「お客様の実体験を検証することで、特定の場面でのお客様の本当の気持ちを知ることができます。何故それが大切かと言うと、サービスを提供する側が意図した価値と、それを受け取るお客様側の価値に齟齬が出てしまうことがあるからです。こちらが最高のサービスだと思っていても、お客様がそう感じないなら、それはまったく意味がありません」。

2つのニーズの両立

ユーザージャーニーをマッピングすることで、これまで気付かなかったニーズを掘り起こした事例について光益氏はこう話します。「海外でセルフチェックインをしている時や、始めてセルフチェックインの機械を操作する時に、後ろで順番待ちされるのを嫌う人がいることが分かりました。航空券、身分証明書や携帯電話を片手に、複数の手荷物に注意しながら操作をしていると、少し神経質になったり、動作が遅くなったりしてしまいます。そんな時に、後ろに誰かが立たれると急かされているように感じます」。

これを手早く解決するには、例えばパーティションを設ける或いは待つ場所を工夫する等が有効です。「操作を行う側にとっても、待つ側にとっても良い解決策となります」と光益氏は話します。「以前は見過ごしていた問題を、人を中心としたデザインで解決したわけです。今後もこういう取り組みを続けていこうと考えています」。

人を中心に据えたデザインの仕組みは、マーケティングにおける『誘因両立性』の考え、つまり顧客ニーズとビジネスのニーズの両立に密接に関連しています。環境保護と海外渡航を両立させるために、環境に優しい旅のかたちを作るといったことを光益氏は例として挙げています。

重要なのは従来の考え方にとらわれず、『これでいいのか?』と問いかけることです。「旅は、人生を豊かにし、生活全体の満足度を高めるものだと考えられています。しかしその一方で、環境破壊(CO2排出の約2%は航空業界によるもの)というジレンマがあります」。JALはこの問題に対して、果敢にも2050年までにCO2排出をゼロに近付けるという宣言をしています。

信頼を培う

コロナ後を見据えて事業を続けていくには、顧客ニーズと社会課題を可能な限り調和のとれた方法で解決させていく視点が欠かせないと光益氏は話します。JALでは顧客を中心に据えたカイゼンの取り組みを行っていますが、それはデジタル技術への投資に大いに支えられています。

「デジタル技術は重要な役割を果たしています」。光益氏は、ひとつの例としてAI駆動のデータ分析を活用して、より効果的にお客様の声を収集した事例を挙げました。「私たちは、異なる言語で書かれた、お客様からのコメントを大量に収集しており、それを機械翻訳にかけ、人手を介して加工し、さらに自然言語処理で全てのテキストから課題点や良い点を探り出しています。こうすることで、例えば顧客満足度を高めている要因などを理解することができます」。

コロナ禍のなか、旅行者を海外への旅に呼び戻すためには信頼と安全性の確保が不可欠となります。JALでは、この2点に特に注力しています。



「信頼と言うと、たいていはデジタル環境のことを思い浮かべます。もちろん、データセキュリティや先端技術など、そのコアな部分は、常に気に掛ける必要があります。しかし同様に、人の信頼を培うということも重要なのです。これは最終的にはお客様との関係を築くということです。『この人は信用できる』『この会社は要望に応えてくれる』という信頼関係と、それを支える優れた技術がなければ、目標の達成は難しくなります」。

コロナ禍が続く中の安全性の問題に対して、JALは接触感染リスクを最小限に抑えるタッチレス・ソリューションとスマートな空港機能の提供に努めています。これと連動して、顔認証やKYC(Know Your Customer)手法を採り入れた『One ID』の取り組みも始まっています。これは詳細な顧客データをもとに、空港内での顧客行動を最大限効率化する仕組みです。

「空港では様々な場面で繰り返しIDの提示を求められて煩わしいという声をよく耳にします。私たちは生体認証システムにKYCの要素を組み込み、チェックインの段階でお客様の画像を読み込みます。その後、手荷物チェック、搭乗手続き、さらに将来的には入国審査まで、その仕組みで済ませたいと考えています。すべては円滑に物事が進む旅をお客様にお届けするためです」。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、いくつかの施策は延期せざるを得ない状況となっているものの、デジタル技術を活用し、人を中心に考えたビジョンは変わらないと光益氏は話します。

新しい旅のシナリオ

とにかく肝心なのは、顧客側が自分のやりたいことを選べるようになることだと光益氏は話します。「旅行者はもはや一方的なサービスの受け手ではありません。座席や食事を提供者が決める時代は終わりました。これからは自分の好みに合わせて、もっと自由に物事が選べるようになります」。

当然、自分自身のデータに関するお客様の権限も強まります。一方で、その情報は企業のマーケティングにとっても非常に大きな価値をもたらすと光益氏は考えています。「お客様が個人のデータや嗜好、例えば旅行先で利用する航空会社、ホテル、レンタカーといった情報を第三者と共有する際には、お客様がしっかりと情報を管理した上で、情報を利用してもらいたいと考えておられます」。それをどのように実現していくか、光益氏はシンクタンクとしてIATAと協業して、旅行の度に第三者と共有したい情報を旅行者自身が完全にコントロールできるような、新しいソリューションを生み出す最善の方法を模索しています。



それは、旅行の目的によっても変わってくるだろうと光益氏は話します。「ビジネスでの渡航と家族旅行では、旅程も旅先でのニーズも、データ共有の対象も異なってきます。そのため、それに合わせたいくつものシナリオを用意しておく必要があります。その結果として、お客様が完全に情報をコントロールできるようになると同時に、今日のマーケティングで一般的に行われている旅のシナリオを他人が推察するという非効率を回避することが可能となります」。

このような仕組み作りを前に進めていくために、光益氏は付加価値を提供し、顧客中心に考えてくれる共創のパートナーを求めています。「航空会社はこれまでは殆どのことを社内で賄ってきました。しかし、今後は自分たちに不足している能力を迅速に且つ効率的に提供してくれる外部のソリューション提供者と協業することがますます重要になってくると思います」。

航空会社が生き残るためには、これらが全て必要だと光益氏は考えています。「航空会社は、『ニューノーマル』において、旅行者の期待に応えるために、ただ昔のやり方に戻るというだけではいけないと考えています」。