「分散化した信頼」の時代の到来

2018年10月

オックスフォード大学で教鞭を執る経営思想家レイチェル・ボッツマンは、これから信頼というものが大きな進化を遂げ、ビジネスや社会のあり方を変えるのではないかと予想しています。

信頼、技術、ビジネス、そして社会は複雑に絡み合い、その度合いは日々強まっています。技術がわたしたちの行動パターンや欲望を変えていくなか、企業はその変化についていこうと、皮肉にもさらに新しい技術を開発しています。

こうした状況は、信頼が新たな進化の段階に入ったことを示しています。TEDでの講演経験もある経営思想家のレイチェル・ボッツマンによれば、信頼には歴史上3つの大きな段階があります。1番目は、個人同士のつきあいと対面評価にもとづく地域的信頼(local trust)の段階。2番目は制度的信頼(institutional trust)の段階。「大都市が作られ、国際的な商取引がはじまると、地域的信頼はその規模に対応できなくなります。そこでブランド、仲介業者、保険、契約といった仕組みが考案されました。これはとても有益なものでした」。

しかし、制度や国家機関が官僚的、中央集権的で、不透明なものになるにつれ、信頼の力が弱まっていったとボッツマンは話します。これに変わって信頼を再び生き返らせ、人々のもとに届けたのが技術です。この段階をボッツマンは分散化された信頼(distributed trust)の段階と呼んでいます。

その名の通り、分散化された信頼は、単一の権威から力を奪い、複数の場所でそれを分け合います。「一番単純な例を挙げれば、ネットワーク、マーケットプレイス、プラットフォームなどがそれにあたります」とボッツマンは説明します。「分散化された信頼は、トップダウン型の制度から信頼を取り上げ、技術の力でそれを大勢の人々にいきわたらせるのです」。

たとえば新聞のような旧来のマスメディアでは、編集者が読者向けに記事を選んでいましたが、今日のソーシャルメディアではアルゴリズムが記事を並べています。ニュースはそのように分散化されたかたちで消費されているのです。

「いってみれば、力と価値をあわせもった信頼が、従来の制度の力を借りず、個人から個人へと直接届けられているのです」とボッツマンは話します。

これは革命による解放のようにも見えますが、信頼を分散化するということは責任も分散化するということです。なにか問題が生じたときに、非難をぶつけるべき権威はもうないのです。その例はウーバーやフェイスブックに見ることができます。かれらは多くのユーザー同士が交流するプラットフォームを立ち上げましたが、物理的になにかの資産を所有しているわけではありません。したがってプラットフォームの上で交流するユーザーになにが起ころうとなんの責任もないと主張するのです。こうしたデジタルプラットフォームに代わってブロックチェーンやAIなどが登場してくると、問題はさらに深刻化するかもしれません。

ベストセラーになった著書『Who Can You Trust?(誰を信頼できますか?)』のなかでボッツマンはこう記しています。「分散化された信頼は決して完璧なものではなく、そこには簡単に解決できない、倫理や道徳に絡む問題もあります。新しいからといってすぐに飛びつくようでは、見当違いなものを簡単に信じてしまうことになります」。

信頼は決して単純なものではありません。技術が進化し続けるかぎり、信頼のあり方も変わっていきます。この点を理解してはじめて、わたしたちは技術と信頼のバランスをとることができるのです。そして、ボッツマンはこう言って結びました。「夢中になると、道を見失ってしまいます。予想外の事態を見落とすからです。いま、デジタルプラットフォームでその予想外の出来事が起きています。だからこそ、いまこの時代に最も重要な問題は、プラットフォームの責任の問題、そしてそこで技術がどういった役割を果たしているのか、ということなのです」。