デジタル時代における「信頼」のダイナミックな性質

2018年10月

経営思想家であり著作家でもあるレイチェル・ボッツマンは、テクノロジーがいかに信頼のあり方を変えているのか、そこにどんな可能性が生まれ、いかなる結果が予想されるのか語ります。

信頼というものは、誰もが知っている単純なことのようですが、いざ正確に定義しようとなると、途端に難しくなります。自分がなにかを信頼している理由を誰かに説明する場合、「そう感じているから」とか、漠然と「そう信じているから」と言うしかありません。信頼は日常生活や社会のなかに本来備わっているものですが、その根本や重要性についてはあまり考慮されません。

信頼という行為がなくなれば、世界は寒々しい混沌としたものになります。そこでは、なにも達成されません。信頼がなければ、会社に勤めているあいだ子供を誰に預けたらいいのでしょうか?安心して電車やバスを利用できるでしょうか?単純な商取引でも行うことができるでしょうか?そこに信頼の基盤があるからこそ、それらは可能なのです。

しかし、信頼も、技術の進歩や日常生活のデジタル化などの影響によって変化しています。その先には希望と絶望が同時に待ち構えているのです。

『Who Can You Trust?(誰を信頼できますか?)』などのベストセラー書を著し、オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールの講師も務めるレイチェル・ボッツマンは、これまで10年以上、信頼と技術の複雑な関わりについて研究しています。

「信頼とはなにかという問いは、答えにくい問題のひとつです。多くの人はそれを確実さと考えますが、実際には信頼とは確実さの対極にあるものなのです。結果がわかっていて、リスクも存在しない場合、信頼は必要ありません」。ボッツマンは信頼を「未知なるものとの確信に満ちた関係」と定義します。「この視点に立って眺めると、信頼が確かなものと不確かなものをつなげているということがわかります。馴染みのない人や製品、サービスやアイデアを心から信じさせるものが信頼なのです。それはわたしたちをいったんリスクに無防備な状態にします。新しいものを良いと信じさせ、社会を前に進めていきます」。

信頼とテクノロジー

信頼ということに関し、わたしたちはいま、岐路に立っています。個人や企業、あるいは国家が、新しい製品や仕組みを信頼するスピードが、技術によって日々早まっているのです。たとえば、自宅の鍵を見知らぬ他人に渡す(Airbnb)、または見知らぬ他人の車に乗る(UberやBlaBlaCar)といったことがその例です。このような状況が、デジタル革新の創造的破壊に力を与えているのです。同時に、この新しい信頼は、いままでまったく意図していなかったような事態も生みだしており、その意味するところはまだ完全に理解されていません。

世界的に知られるTEDでの講演経験もあるボッツマンはこう話します。「信頼がどう働くのか、その仕組みは昔から変わっていませんが、信頼するプロセスが変わってしまいました。技術は信頼のメカニズムは変えられないですが、どのような仕方で相手を信頼するか、誰を信頼するかということを、技術が変えつつあります。デジタルツールは、未知の相手への期待や関わり合いにおいて、わたしたちのなかに変革を起こしています」。

さらに彼女は続けます。「その変革は非常に興味をそそられるものです。肯定的な面を挙げれば、今日の人は、まったく面識のない相手でも信頼することができるようになっています。それに新しいイノベーションやマーケットプレイスなどが発展しています。これまでは不可能だったやり方で相手とつながり、共同作業をすることができるようになったのです」。

「一方で、あまりにも安易に信頼することによる弊害も見られはじめています」とボッツマンは話します。「今日では技術の力によって、はるか向こうにいる相手を評価し、即座に信頼することができます。新しいサービスを利用しようとするときには、リアルタイムの口コミや評価をその場でチェックすることもできます。情報元をすぐに信用して“いいね”をクリックし、共有するのが習慣化しています。誰もが、すぐに効果を期待し、なにか早々に手に入れたいという思いから、利便性を信頼の上に置いてしまったのです」。これが問題につながると彼女は警告します。フェイクニュースやネット上のデマについて、いま盛んに議論されていますが、近い将来真偽の区別がつかないほど精巧な嘘をAI が発信するようになるかもしれません。

「“ディープフェイク”の時代がはじまれば、政治家の動画など見ているとき、本当にその人が喋っているのかどうかはわからなくなります。将来、社会の前に立ちはだかる問題です」。

強制的に減速

ボッツマンはここでひとつの意外な提案をします。信頼の速度を減速する必要があると彼女はいうのです。「技術が生みだす効率は、信頼の敵です。社会において健全と見なされる進歩の減速というものがあります。技術は多くの場合、人間の行動を自動化させています。たとえば、見出しだけで中身を読まずに、または発信者や記事のソースを確認せずに記事をシェアするなどが、アクセルを踏んで暴走する信頼のかたちです」。

ユーザーの体験をある程度減速させることをテクノロジー企業として考えるべきことだと彼女は話します。そうすることでユーザー側にこう問いかける余裕が生まれるからです。「この人物、製品、企業は果たして信頼できるのだろうか、それを判断するための適切な情報を自分は持っているだろうか?」。

これを彼女は「信頼への一呼吸(トラスト・ポーズ)」と呼びます。テクノロジー企業がスピードや効率にこだわり、流れるような途切れない取引の仕組みに走るなら、そこには予期せぬ未来が待っています。ここに一瞬のブレーキをかける余裕を持たせるかどうか、企業は悩むことでしょう。それは、やるかやらないかという倫理的な悩みです。ボッツマンいわく「技術的には、やればできることなのです」。