“アウトサイドイン”のデジタル化で行政改革

2018年8月

世界初のスマート国家めざし、その取り組みを加速させるシンガポール。政府CIOのチャン・チョウ・ハォがその戦略を語りました。

世界一のスマートシティを作り上げようと多くの都市がしのぎを削るなか、シンガポールはそれをさらに一歩進め、世界で初めてのスマート国家を建設しようとしています。

この流れを受け、この4年間、同国政府では、ITに対する姿勢に変化が見られるようになりました。かつてITといえば行政の業務効率化のためのものであり、その仕事の大半は外部に委託されていました。しかし近年、市民や民間企業のニーズに目を向け、そうしたニーズにデジタル・サービスでいかに応えていくかという視点が生まれています。この仕事を指揮しスマート国家への道筋を描くのは、首相府直属のCIOチャン・チョウ・ハォです。

こうした流れにはさまざまな政治的影響もありますが、それと同様に社会からの要請もあるとチャンは話します。

「一番難しいのは技術面ではなく、行政そのものの抜本改革です。この半世紀、この国で続いてきた古いやりかたを大きく変えなければなりません。単に新しいシステムや機器を入れてことが済めば簡単なのですが、そうはいかないところが難しい。政府は国民に対してどうあるべきか、どのように向き合う必要があるのか、思考法そのものを変えなくてはなりません。そうした変化があってはじめて政府もあるべきかたちに生まれ変わることができるのです」と彼は話します。

他の例に漏れず、シンガポールにおいてもデジタル化は納税や法人登録、罰金の支払いなど、公共サービスのオンライン化からはじまりました。しかし、チャンの見るところ、これらは単に役所の手続きの自動化に過ぎません。

市民ニーズに合わせたデジタル行政

しかし、グーグルやアマゾン、フェイスブックといった企業が膨大な数のユーザーに対して魅力的なサービスを提供する今日、これまでの行政のやり方を歓迎する人は少なくなっていると彼は指摘します。「オンラインサービスの便利さに慣れた市民は、行政サービスにも同様のものを期待します。アマゾンやグーグルのようにはいかないにせよ、それに近いものである必要があります。市民が求める以上、行政がそこから逃げるわけにはいきません。」

したがって、ITのフォーカスも、市民が求めるデジタル化の方向へと急速にシフトしていきました。「従来の行政ITは”インサイドアウト”方式で、役所が提供するサービスを市民が見つけなければならないというかたちでした。しかし、デジタル化によって”アウトサイドイン“方式が可能になります。ここで重要なのは行政機関ではなく、市民であり、民間企業なのです。」

新しいスキルの育成と共創

運用面においても新しい思考法が不可欠だとチャンは話します。民間の大手企業でITの世界に23年間身を置いたチャンが2014年4月の就任時に直面したのは、政府ITプロジェクトの95%が外部委託されているという現実でした。

こうした外部委託により、行政IT部門の技術力は衰えていました。「プロジェクト管理ではなく業者の管理が仕事になっている場合が多いため、予算がかさみ、質も低下、さらに進行が遅いのです。」大規模な開発の場合、予算は数千万ドルから数億ドルかかり、期間も3年から5年を要していました。「今日、それほど長くかかる開発は、ありえません」と彼は話します。

懐疑的な視線を向ける周囲を横目に、チャンは、もっと機動的に動く開発体制を立ち上げます。それはあたかもベンチャーのように機能する”Hive”で、アップルなどの企業によく見られるように、ゲーム会社から来たUXのデザイナーや地理空間データアナリストなど多様な人材が集結してプロジェクトを動かす仕組みでした。

「大規模なプロジェクトを実施するには人数が足りないことはわかっていたので、協力してくれるパートナーを募りました。40人規模の体制が必要な場合、20人を自前で用意し、残りはかれらに調達してもらうわけです。開発部隊とプログラミング部隊はペアで仕事をします。プロジェクトが完了したら自前の人材だけ引き上げて、あとは委託先に任せるようにしました。」

このやり方を採用したのには理由があります。まず、現在400名以上になるHiveのスタッフはとくに新規開発に意欲的だということ。さらに、立ち上げからプロジェクトに関わることでソースコードにアクセスできるため、いつでも介入できるようになること。最後にチャンが一番重要なポイントとして挙げるのは、スタッフと委託先の人材が互いに相手から学ぶことができる点です。「委託先から最先端のスキルを学ぶことができますし、こちらも先方に行政のやり方を伝えることができます。どんな専門家もすべてを知っているわけではありません。規模を問わず、テクノロジー企業、大学、研究機関とのパートナーシップは非常に重要です。目標達成にはエコシステムが必要なのです。」

デジタルシティを支える三つの柱

行政サービスを生み出すこの新しいやり方は、スマート国家建設の基本構想とも共鳴していきます。

「スマート国家というのはテクノロジーだけで済む話ではなく、ほかにもやるべき三つの大きな柱があります」とチャンは指摘します。「一番目は、国民生活の向上です。都市が肥大化し複雑になっていくなか、これは重要です。都市をうまく機能させ、必要なときに必要なサービスを届けていくためには、デジタル化以外に道はありません。」

二つ目の柱は、成長機会の創出です。市民にはスキル育成、企業には事業成長の好機を生み出していかねばなりません。

最後の柱としてチャンは、デジタルによるコミュニティの育成とサポートを挙げます。「今日のコミュニティは地域の集団に限らず、バーチャルな人々の集まりも表します。とくに大きなコミュニティは、スマートフォンや LinkedIn、Facebook、Twitter などで形成されているのです。だからこそ、デジタルの力で人々を結びつけ、ライフスタイルやワークスタイルを変え、さらにさまざまな問題を解決していこうと考えています。」

結論としてチャンはこう言います。「こうした思考法を採り入れいかない限り、シンガポールのような都市で暮らしていくことが難しくなってしまいます。」

•写真: ジョン・エノック