スマート国家を支えるアプリ:市民生活のあらゆる場面で活躍

2018年8月

シンガポール政府CIOのチャン・チョウ・ハォが、国家のデジタル革新を支えるアプリを3つ紹介します。

2014年、シンガポール政府のCIOに就任したチャン・チョウ・ハォは、行政のビジネスモデル改革にチャレンジすることにしました。

シティバンク、バークレイ、ABNアムロ銀行、CT社などで経験を培ってきた彼は、委託中心で技術開発を行う行政の姿を見て、担当部門に最先端の技術力を持たせるため、抜本改革に乗り出したのです。

めざす目標、それはまず行政サービスをアマゾンやグーグル、フェイスブックの時代にふさわしいものにするIT部隊の育成。そして、700km2という狭い国土に560万の人口を擁するシンガポールを世界初のスマート国家にする道筋をつけることでした。

この革新に向けて、チャンは、わずか7名でイノベーション・ハブの”Hive”を立ち上げ、それを300人の組織に育て上げました。Hiveは”GovTechシンガポール”の中核部門。現在2,000人強のスタッフを擁し、スマート国家推進と公共部門のデジタル化を担う政府機関となっています。Hiveの立ち上げ以来、市民向けデジタルサービスの開発数が非常に高まっており、開発の95%が外部委託されていた2014年の時点を考えると、これは雲泥の差といえます。

GovTechシンガポールの副最高責任者も務めるチャンはまた、スマート国家への展開を拡大していくためには、政府や一般の信頼を築く必要があり、そのためには3つのアプリが役立ったと話します。

OneService

「スマート国家の構築に乗り出すにあたり、まず、できることから始めました。なかでもインパクトがあったのがOneServiceです。これは行政への陳情の煩わしさに目をつけたものです。」

そして、路上をふさぐ倒木の例を挙げました。「市民は、こういうことをどの役所に連絡すればいいのかわかりません。どこで木が倒れたかによってそれは公園サービス事務所かもしれませんし、国家開発局かもしれない。交通局かもしれません。業を煮やした市民は警察に連絡しますが、通常、警察はそういうことには対応しません」とチャンは説明します。

OneServiceを使うと、倒木の写真を撮って場所を特定し、中央サービスにその情報を送信すればいいのです。中央サービスにはルールベースの配信エンジンが稼動していて適切な部署にそれを送る仕組みになっています。問題が解決すると、報告した市民にその旨のメッセージが送られます。

こうしたアプリにより、行政機関と市民との関わり方に変化が起こります。「市民は、良いと感じています」とチャンは話します。「役所に自分の声が届き、問題は迅速に対処され、責任の所在も進捗も明確ですから。」

MyResponder

心不全や脳卒中など一刻を争う異変が起こったときには、とにかく早く救急サービスの車両を現場に送ることが重要ですが、シンガポールの民間防衛局もその課題を認識していました。Hiveにあるチャンのチームメンバーはこれに対してMyResponderというアプリを考案しました。これはクラウドソーシングによって救急措置ができる人を動かし、救急患者の生存率を高める仕組みです。

救急要請の電話が鳴ると、その場所から半径400メートル以内にいるMyResponderの登録ボランティアにその連絡が入ります。

「サービス開始時にはMyResponderに登録したボランティアの数はわずか130人でした。しかし、このアプリの連絡を受けて現場に急行し、心肺蘇生法で死にかけた人を助けた大学生の事例をきっかけに、ボランティア数は3万人以上に増えました。つまりこれは、救急車が現場に到着するまでの生死の境に、たまたま近くにいて助けてくれる人が3万人はいるということなのです。」

さらに彼はこう付け加えました。「ここでひとつ重要なことは、これほどの社会的意義のあるアプリが、短期間でしかも低コストで開発できたということです。これまで政府の開発プロジェクトは、数億ドルの予算を伴い、開発期間も5年はかかると思われていましたが、これによってそうした思い込みを払拭できました。」

Moments of Life

公共サービスに関して、4年間で100近いアプリを公開したシンガポール。同国はいま、公共サービスのあり方を根本から見直し、新しい時代に入ろうとしています。

その道筋についてチャンはこう話します。「わたしたちの大半は、人生のさまざまな場面で好む好まざるとにかかわらず行政に関わります。子供が生まれて出生届を出すとか、予防注射を受けさせるとか、税金の控除申請をするとか、理由はさまざまです。」

しかし、その場合、役所のいろいろな部署を回る必要があり、サービスを受けるのは一筋縄ではいきません。そこでチャンのチームは、そうした手続きについて発想の転換を図っています。「役所に行く必要に迫られたとき、自動でしかも一回の申請で公共サービスが自然に受けられるようになれば素晴らしいと考えたのです。」そこで生まれたのがMoments of Lifeというアプリでした。

「ゆりかごから墓場まで人生のいろいろな場面で、わたしたちは行政と関わります。そのときの苦労を減らしたいと思ったのです。10箇所の役所を駆け回る代わりに、必要なとき必要なサービスをパッケージ化して提供するようにしました」と彼は話します。

出産についてのアプリ開発を終え、現在かれらは親しい人々との死別に関わるサービスのパッケージ化に取り組んでいます。今後は幼稚園への入園、大学への入学、就職活動、退職、老後の暮らしなどのサービスもアプリに取り組んでいく予定です。

Moments of Lifeが好評だったため、これをビジネス視点でとらえ直したアプリの開発も視野に入っています。起業からはじまり、事業拡大、海外展開、そして廃業までを公共サービスとしてパッケージ化する計画です。

こうした展開は行政サービスの転換点となるとチャンは見ています。「もはやこれは単なるアプリ開発の話ではありません。政府が市民に対して、必要なときに必要な公共サービスが受けられるよう事前に準備しておく、ということなのです。」

•写真: ジョン・エノック