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ナショナル・グリッドが考えるVRがもたらす未来像

2017年10月

イギリスの電力・ガス大手は、VR/ARテクノロジーの広範囲な展開をいかに準備しているか。

イギリスの大手企業であるナショナル・グリッド(NG)は、イギリスとアメリカ北東部でエネルギー伝送事業を展開しています。何百万世帯の一般家庭や企業にガスと電力を提供しており、その規模は、150億ポンド(200億ドル)にのぼります。イギリス国内の事業では、変電所やガスコンプレッサー、電線などのインフラに年間17億ポンド程度を支出しており、より最新のデジタル技術を活用できる可能性が大きいのです。

2015年後半、イノベーション推進に取り組むために、イギリスとアメリカの支店を構えngLabsという専門部門を設置しました。ディスラプティブなテクノロジーの可能性を模索するというスコープを明確にするために、通常のITのデリバリ機能とは別の拠点に少人数のソフトウェア開発者チームを配置しています。ほんの2万から4万ポンド程度の費用で実施できる、低予算の実証実験(PoC)やプロトタイプに取り組んでいます」とナショナル・グリッドUKのデジタル・イノベーション・マネージャであるリチャード・ワイルズ氏は言います。

仮想現実と拡張現実(VR/AR)テクノロジーは、ここ2年ほど産業用アプリケーションで期待が高まっている分野です。NGのエンジニアは、各地にある複雑で危険な環境で作業する必要があります。「実戦」に近い体験を提供できることを見込んで、3D仮想表現を活用して、エンジニアをトレーニングすることを以前から考えていました。一時期、タレス社の大規模なVR装置を地方のトレーニング・センターで使用していたこともありました。近年、手頃な価格で消費者レベルのVR技術が出始めてきており、それらを活用して業績を上げる方法を検討するようになりました。

従業員の知識の保持

同社では、5年以内にエンジニアの約20%の退職が見込まれており、これが大きな課題となっています。彼らが退職すると、長年の経験も会社には残りません。というのも、入社してくる若者のほとんどは、年配のエンジニアのようにアセットを分解して一から組み立て直すスキルを持っていません。

リチャード・ワイルズ氏
ナショナル・グリッドUK デジタル・イノベーション・マネージャ
さらに、運用や安全、規制手順など、拠点ごとに異なる多くの手順に準拠することも必要です。送電で1,400人、ガス供給で1,700人ほどの作業員がいて、それぞれ専門分野を持っています。各々が独自にベストプラクティスの実践をしてきたため、それらを包括して共有することができませんでした。しかし、今では200ポンド程度で購入できる360度カメラを活用して、彼らの作業をヘッドセットを用いて、仮想的にベストプラクティスを共有できるようになりました。手順もより効率的に標準化できるでしょう。

このチームでは、さらにアイデアを発展させて、AR施設ツアーを実施しました。カメラの画像だけでなく、「この現場のゲートはきちんと機能しない」とか「このコンプレッサーは取り扱いに注意が必要」などといった経験のあるスタッフだからこそ知っている、現場の具体的な情報もパソコンの操作画面に重ねて表示されます。音声も埋め込み可能な360度画像によって、安価でそして容易に経験の浅いエンジニアも現場の状況を把握できるようになりました。また、拡張性もあります。

パイロット・プロジェクトの成功を受け、ngLabsにはARツアーを実施して欲しいというリクエストが殺到しました。あまりにも時間を要したため、画像をインポートして、自分たちで簡単にマークアップできるツールを開発しました。

緊急対応

別のプロジェクトでは、ARを活用してNGの緊急対応を改善できないかを検討し、まず、スコットランドのセント・ファーガスにある最大のガスターミナルを対象にしました。現地で何か深刻な事態が発生した際、ウオリックにあるNGの対策現場―「戦場」(”war room”)から詳細なサイト計画にアクセスして、緊急措置を検討します。それを補強する取り組みとして、ngLabsでは現在、マイクロソフトのHoloLensプラットフォームを対象にしたアプリケーションを構築しています。それにより、独立型のホログラフィック・コンピューターで、物理的環境と仮想環境を混在させて表示することができます。セント・ファーガスのサイト情報をスキャンすることにより、Skype for Businessの機能が組み込まれた、正確な3Dモデルを作成できます。それにより、緊急事態に対応しているスタッフは、HoloLensから現地のエンジニアにビデオ電話をかけ、施設の3Dモデルを原寸で表示させて話をすることができます。

消費者レベルのVR技術を駆使し、デザイン時間の短縮の可能性も検討しています。変電所やガスコンプレッサーを建設する場合、設計担当の委託業者が確認用にデジタルモデルを送信しています。各地にいるエンジニアを大きなVR設備一ヶ所に集約させているので、費用も時間もかかっていました。今ではどこからでも、スマートフォンのVRヘッドセットやウェブブラウザーなどでストリーミングして表示できるようになりました。デジタルモデルをVR環境に入れられるからです。ここに大きな機会があると考えています。

拡張には時期尚早?

NGは、これまでターゲットを限定して成功してきましたが、これらのパイロット・プロジェクトの多くを拡張するには、まだ障害があります。しかし、標準化していないため、他のシステムとの統合が課題になっています。遠隔地の中にはアプリケーションをストリームできる十分な帯域がありません。それと同時に、VRコンテンツの開発は非常にコストがかかります(つまり、NGはVRツールの開発に重点を置いています)。こうしたシステムを会社全体に拡張できれば、多くの費用と時間を削減できます。しかし、現状では、サポートと展開に要する費用は、システムが生み出すであろう潜在的なROI(投資収益率)をはるかに上回っています。

それにも関わらず、ワイルズ氏は、仮想現実・拡張現実(AR/VR)テクノロジーの成熟度をより一層高め、NGがそのメリットを十分に享受できるようにしたいと望んでいます。ガス供給事業では、クリアランスやアクセスの確認で日々VRを活用しています。アメリカでは、複雑な手順のトレーニングにおいて、360度ビデオ付きヘッドセットを既に導入しています。また、DaqriのスマートヘルメットやGoogle Glass 2、EpsonのMoverioなど産業用の展開にも着目しています。より大規模な導入に踏み切る前に、市場がもう少し落ち着くのを待ちたいと考えています。

・本記事は、ロンドンで開催されたTechXLR8のリチャード・ワイルズ氏の講演をもとに作成しています。