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量子コンピューティング:CIOが知っておくべきこと

2018年3月

量子コンピューティングがラボを飛び出して、商業目的に利用される準備はもうできているでしょうか。そうなった場合、ITリーダーにどのような影響をもたらすでしょうか。

1980年代、当時学界をリードする存在であった物理学者、リチャード・ファインマンおよびデイヴィッド・ドイッチェ両氏は、いかなる古典コンピュータ(ゼロイチのビットによるもの)よりもはるかに優れた結果をもたらすとして、量子プロセスを中心とする計算方法を提唱しました。彼らは、こうしたコンピュータが、分子や星の構成物から人の脳の活動に至るまで、量子プロセス上に成り立つ宇宙の複雑性そのものを正確にモデリングできる唯一の能力を有していると信じていました。

その苦難の日々から数十年を経た現在、そのビジョンが現実になろうとしています。世界各地の研究所(世界最大のテクノロジー企業が創設した施設も含む)が量子コンピュータの開発と構築に取り組んでいます。近い将来、おそらく10年以内に、古典コンピュータであれば数百万年、または数十億年かかるであろう計算を、数秒で解決できる汎用量子コンピュータの販売が開始される見込みです。しかし、それに先駆けて数年以内に、現時点での量子コンピューティングの発展が、あなたの組織にも目に見えるインパクトを与える可能性があるのです。以下の章すべて、または関心のあるトピックからお読みください。

量子コンピュータとは?
量子コンピューティングにどこまで近づいているのか?
今、何が起きている?
量子コンピューティングは、いつビジネスにメリットをもたらすのか?
どう備えるべきか?

量子コンピュータとは?

古典コンピューティングでは、1ビットは0または1のいずれかの状態しかとれません。しかし量子コンピュータでは、古典物理法則が成り立たない、亜原子レベルでの量子特有の性質を活かしています。論理的な量子ビット(キュービット)は同時に2つの状態、つまり、0と1の状態を同時にとることができます。これは「重ね合わせ」と呼ばれており、シュレーディンガーの猫という思考実験で説明されるものとして有名です。

「量子コンピューティングは、物事を分子レベルで操作し、人工知能の分野を大幅に進展させるでしょう」

量子コンピューティングは、量子物理学のもう一つの原則である「量子もつれ」も活用しています。これは、分子のペアが密接に結びついており、ペアの間にどれだけの距離があろうとも、一方に起こった作用が、他方にも予測可能かつ即座に効果をもたらすことを指します。アインシュタインが「不可解な遠隔作用」と呼んだこの原則により、キュービットは制御可能となり、演算や通信に応用することができるのです。

キュービットは0と1を同時にとれるため、システムにキュービットが論理的に追加されると、演算能力は飛躍的に増加します。したがって、2キュービットは(並列で)従来の4ビットと同量の情報を処理でき、3キュービットは8ビットに相当することになります。56キュービットのマシンともなれば、従来のスーパーコンピュータで実行中の量子コンピュータのシミュレーションを上回ることができます(この点は誤解も含むものの、量子超越性として知られています。)

数千の論理キュービット(最終的には数百万キュービット)まで拡張可能なマシンを構築しようという、より意欲的なプロジェクトもすでに始まっています。もちろん、テクノロジーがうまく機能し、拡張できるようになれば、革命的な影響をもたらします。量子コンピューティングは、物事を分子レベルで操作し、これまで測り難かった自然のプロセスをモデリングし、人工知能やその他の素晴らしい可能性を大幅に進展させる可能性を示しているのです。

オックスフォード大学の研究者、アミール・フルークトマン氏とイリス・チョイ氏は、最近出版した論文「Technical Roadmap for Fault Tolerant Computing(耐障害コンピューティングに向けた技術ロードマップ)」で次のように記述しています。「こうしたマシンの応用は数多あり、線形代数学や物理、化学のシミュレーションを古典コンピュータよりも高速に行うだけでなく、機械学習の応用、高速データベース検索、金融アナリティクスなど様々です」。

どこまで近づいているのか?

現実には、この新たなコンピューティングのパラダイムは、まだ非常に初期の段階にあります。量子コンピューティングを古典コンピューティングの進化に例えると、まだトランジスタ以前の時代にいると言えます。また、すべてのキュービットが同等に作られてもいません。グループごとにさまざまなテクニックを使い、製造しているため、様々なタイプが存在し、安定性もそれぞれ違います。超電導キュービット、イオン・トラップ・キュービット、フォトン・キュービットなどいろいろなタイプがあります。安定性に優れているものもありますが、(タイプに関わらず)大多数が、論理キュービットとして機能するだけ十分な時間、重ね合わせの状態を保持できていません。したがって、汎用の回路ベースの演算に利用するには、物理キュービットと論理キュービットを区別することが重要なのです。

「この新たなコンピューティングのパラダイムは、まだ非常に初期の段階にあります。量子コンピューティングを古典コンピューティングの進化に例えると、まだトランジスタ以前の時代にいると言えます」

エラー訂正と耐障害性は大きな課題であり、使用するアプローチによっては、論理キュービットを1つ作成するにも、数万の物理キュービットが必要になります。また、ゲートやバスなどに応用する場合、コンピュータの他の要素の設計や電力の供給など、他にも難しい問題が複数存在するのです。

しかしながら、カナダのウォータール大学で研究部長を務め、量子分野の先駆者であるのミシェル・モスカ氏は、この分野が根本的な転換点に到達したことを確信しています。今や課題は理論ではなく設計にあります。モスカ氏は2017年当時に次のように述べています。「イエール大学の科学者たちは、100以下の物理キュービットが1つの論理キュービットとして確実に振る舞うことができれば、またいくつかのプロジェクトは達成間近となれば、大規模量子コンピュータの開発に近づいたことになると語っています。そして、すでにいくつかのプロジェクトは達成間近となっています」。

2015年の時点では、多くの研究者が、大規模量子コンピュータの到来は20年から30年先になると予測していました。しかし、複数の進展がみられ、その見通しを今後10年以内にまで変えた研究者もいます。

今、何が起きている?

アメリカ、中国、イギリス、カナダ、オーストラリア、フランス、オランダなど世界各地に、信頼できる内容であり、資金も潤沢な量子コンピューティング・プロジェクトが30件ほど存在します。これまで最大の成果をもたらしたアプローチは、超電導キュービットで(GoogleやIntelなどが他社と共同で支援)、イオン・トラップ・キュービットもかなりの可能性を示しています。超電導キュービットは、絶対零度に近い温度での保存が必要ですが、半導体に組み込み、高速なゲート時間が得られるため、従来のテクノロジー企業の間でも支持されています。イオン・トラップは数年遅れていますが、室温で扱え、状態を長時間保持できるメリットがあります。しかし、ゲート時間は遅く、大量の電力も必要です。

「通常のキュービットをつなげることは、砂の上に楼閣を建てるようなものです。一方、マヨラナ粒子を使ったトポロジカル量子コンピュータはレゴのようなものです」

一方、マイクロソフト社は、新しいだけでなく、安定性や拡張性ではるかな可能性を持つ「トポロジカル」キュービットを量子コンピュータの基盤にしようとしています。マヨラナ粒子と呼ばれる量子を使い、格子状にキュービットと紐付けることで、エラー訂正を大幅に削減するアプローチです。オランダのデルフィト技術大学のレオ・コーヴェンホーヘン教授がマヨラナ粒子を初めて確認し、現在はマイクロソフト社にてこの分野の研究を率いています。コーヴェンホーヘン教授はこのアプローチが実を結ぶと確信しており、次のように述べています「通常のキュービットをつなげるのは、砂の上に楼閣を建てるようなものです。一方、マヨラナ粒子を使ったトポロジカル量子コンピュータはレゴのようなものです。つまり大規模な構造物を建てて、量子回路を構築するということなのです」。

I-CIOのインタビューに答えた、ある量子コンピューティングの指導者は次のように述べています。「マイクロソフト社が他社を圧倒しています。うまく動くプロセッサを作ることができれば、他の誰もが太刀打ちできなくなります。競合他社は、マイクロソフト社はマヨラナ粒子が生成・操作可能であることを実証していないと言っていますが、この方法ですでにキュービットを生成できていなければ、このような発表はしなかっただろう、と考える人たちもいます」。

2017年には他にも重要な進展が嵐のように訪れました。インテルによる17キュービット・チップの出荷や、Googleが有益な計算に耐えうる長時間の状態の保持が可能な、およそ50キュービットのマシンを(真の論理キュービットではないものの)間もなくデモできるだろうと発表したことなどです。マイクロソフト社は、Visual Studioと統合したハイレベルのQuantum Development Kitの提供開始など、フルスタックの量子コンピューティング・ソリューションの発表により、この分野での取り組みを強調しました。開発者は、量子マシンのAzureベースの古典コンピュータ・シミュレーション上で量子アルゴリズムをテストできるようになります。

量子コンピューティングは、いつビジネスにメリットをもたらすのか?

すぐにサーバールームに汎用量子コンピュータをインストールできるようになる、とは期待しないほうがいいでしょう。現在、ラボにあるマシンは、ワイヤーやロッド、箱が空中で絡まり浮かんでいる、まるでウェルズのSF小説から飛び出したような外観をしています。現在、レースをリードしている揮発性の超電導キュービットは、なるべく干渉を抑え、最適に機能させるため、極低温の箱の中に入れておく必要があり、(マイクロソフト社のトポロジカル・キュービットも同様)また、大量の電力を消費します。そのため、史上初の商用かつ汎用量子コンピュータは、まちがいなくクラウド・サービスとして提供されるでしょう。

拡張性の高い汎用量子コンピュータの実用化は、まだ何年か先の話ですが、量子の開発はすでに商業的なインパクトをもたらしています。例えばカナダのD-Wave Systems社は、数年前から断熱性の量子コンピュータの販売で知られており、最新モデルは2,000(物理)キュービットを擁しています。回路ベースの量子コンピュータとは全く違う仕組みで、論理キュービットは一切含まれていません。また、その裏にある数学や科学は、ややあいまいなものの、古典コンピュータよりもはるかに短時間で、特定のグループの問題を解決できることが実証されています。それは最適化問題です(例えば、配達ドライバーにすべての配達予定場所を知らせ、最速のルートを見つけるなどです)。

「拡張性の高い汎用量子コンピュータの実用化は、まだ何年か先の話ですが、量子の開発はすでに商業的なインパクトをもたらしています」

量子アニーリングというテクニックを使い、古典コンピュータ上のソフトウェアで、量子マシンのオペレーションをシミュレーションすることも可能です。富士通はトロント大学と共同でDigital Annealing Unitを開発しました。これは、既存の半導体技術を活用して、最適化問題の組み合わせを迅速に、そして何より常温で解決するものです。富士通のEMEIA担当CTOであるジョセフ・レガーは次のように述べています。「量子コンピューティングに着想を得たデジタル回路により、企業は現在の17,000倍のスピードで組み合わせ最適化問題を解決できるため、大きなインパクトをもたらすことになるでしょう」

富士通はまた、量子コンピュータ・ソフトウェアで現在唯一のベンダー、バンクーバーに拠点を置く1QBit社とパートナーシップを組み、同社に投資することで、Digital Annealer用のソフトウェアおよび量子アルゴリズムの開発に取り組んでいます。1QBit社のアンドリュー・フルスマンCEOは次のように述べています。「富士通のDigital Annealerは、1QBit社が過去4年に渡り設計してきたすべての研究を活用できる、最初の実用的なハードウェアと言えるでしょう」

回路ベースの量子コンピューティングの企業の間でも、商業的なインパクトをもたらす可能性のある進展が見られています。これを実現する最初のマシンは真に拡張性の高い量子コンピュータではないかもしれません。しかし、そうしたマイルストーンが間違いなく、たくさんのヘッドラインを生み出し、この分野への商業的関心を高めてくれるでしょう。

最近の実験では、小型の回路ベースの量子コンピュータも従来のマシンに比べ、より難解な計算を高速に行えることが実証されています。こうしたコンピュータは3年から5年で提供される見込みで、最初の応用は、量子化学やスマート・マテリアル、機械学習の分野になる可能性が高いでしょう。

どう備えるべきか?

この分野での進展に目を向けておく以外に、ITリーダーが今考えるべき最大の問題は、現時点での暗号化の活用状況です。1994年、数学者のピーター・ショア氏がRSAを含む素数を因数分解することですべての暗号を解読できる量子アルゴリズムを開発しました。現在、この仕組みがほとんどのオンライン・データや通信を保護しており、ショアのアルゴリズムを実行できる量子コンピュータが登場した場合には、企業は量子耐性のある暗号の仕組みを導入する必要があります。モスカ社やマイクロソフト社などは、こうしたマシンが10年以内に登場することを確信しています。しかし、大企業がすべての機密データを効果的に保護できるようになるには数年を要するため、今からその影響を理解し、準備をすすめておくことが大切なのです。