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HSBC:アジャイルでデジタルな未来に向けてテクノロジーをリセット

2017年7月

HSBCのITオペレーション担当グローバルヘッドであるデイブ・オブライエン氏が、いかに巨大企業が革新的なITトレンドを受容し、ビジネスにアジリティをもたらしたかを語ります。

HSBCのITオペレーション担当グローバルヘッドであるデイブ・オブライエン氏が次のように述べています。2万人強を擁する同行のITグループは、オンプレミス主体のウォーターフォール型のITを離れ、「クラウド・ファースト」のDevOpsとアジャイル・デリバリを実現させる世界を急速に受け入れるようになってきています。また、デジタルで出遅れた大手優良企業に対して、「弊社ができるのなら、御社もできます」と力強いメッセージを発信しています。

レガシーシステムや既に確立したやり方に比重を置く大企業にとって、新たなデジタル・トレンドの革新的な力は受け入れがたいものです。それは、小規模で歴史の浅い企業と比べると、より困難であることは疑う余地もありません。しかし、HSBCは、焦点を定め、確固たるリーダーシップをとり、ITの変革を実現させました。規制の多い金融業界であっても「象もダンスを学ぶ」ことが本当に可能であることを実証したのです。

オブライエン氏は自身の経験を元に、真のデジタル革新を求める企業のITリーダーたちは、3つの主要分野を把握するべきであると言います。3つの分野とは、ハイブリッドIT環境を管理する際の現実、新しいIT部門の構成と人員配置、そして頻繁に変化するガバナンス・プロセスを新たなモデルに適合させる方法です。

レガシーから逃げない

歴史ある他の銀行同様、HSBCはITの黎明期から顧客データをオンプレミスに格納し、処理してきました。実際に、1980年代に開発されたモノリシックのレガシーアプリケーションが「いまだに現行の銀行サービスの一部」として実行されています。こうした大規模なレガシー環境から一夜にして移行することは不可能と考えられます。

そうした移行に着手すると、複雑さは減るどころか増してしまいます。3年前は、レガシーを全てなくして、クラウドに全移行できると信じていました。しかしすぐに、短中期的にはレガシーシステムを運用しながら、クラウドやデジタル技術に投資していく必要があると考えました。つまり、新たな運用の仕組みやメトリックス、追加のIT投資を取り入れることの必要性を受け入れたのです。

HSBCは、運用モデルを精査し、ITサービスの実行・管理方法を調整しなければなりませんでした。また、堅牢で測定可能なKPIの特定・合意・文書化に多額の投資をしました。何故なら、マトリックス型の組織を立ち上げるにあたり、全ての機能分野やチームをまとめるための業績指標が必要となるからです。そして、業績指標があれば、それを達成しようという責任感が出て来ます。

また、HSBCでは、別々の300ほどのサービスから生成されるデータを収集し、複雑性の低減に取り組みました。 [運用インテリジェンス・を用いたデータ集約が鍵となります。エンドツーエンドのサービス管理ツールや統制に多額の投資をしました。あらゆる種類の監視ツールを使っていますが、以前は全てサイロ化していました。環境全体を可視化するために、ヒト・モノ・カネといった多くの資源を投資し、ハイブリッド環境で機能するようにツールを調整する必要がありました。

DevOpsへのコミットメント

HSBCが変革の歩みを始めた2年前、ソフトウェア開発とITオペレーションを調和させ、アジャイル・デリバリを促進させるDevOpsへの移行を遅らせたという過ちを犯してしまいました。当初は、単に大規模なアジャイル開発をしているだけでした。オペレーションの部分は後でやろうと、自分自身に言い続けていました。しかし、本番稼働して数週間後にやっとDevOpsへの移行を検討し始めたのです。

HSBCでは、従来のウォーターフォール型ソフトウェア開発のアプローチからアジャイルな手法に切り替えることで多少のメリットがあると見ていました。しかし、すぐに、真のDevOpsこそが求めていたものだと気づいたのです。効率、生産性、そしてサービスの可用性で大幅な改善が見られたからです。サービスを稼働させる開発の部分は、容易です。それを永遠に維持するところが難しく、クラウドでのアジャイル開発だけでは、そこを変えてはくれません。

そうした経験から、HSBCは昨年リセットを行い、社内でHSBCデジタルサービスの組織を子会社化したのです。大規模なグローバル・オペレーションがよく陥る泥沼に阻まれることなく、自身のペースで動ける自由のある組織にしようと思ったのです。また、当行のような規模や働き方の組織に通常は参加してこないような人やパートナーなど、最善の人材を獲得できるようになりました。

約3,000人のITスタッフがデジタルサービスの部署に異動しました。オブライエン氏もその一人で、24時間365日体制、40カ国以上で提供される300ものオンラインのバンキングおよびモバイル・サービスの管理を統括しています。世界のどこかで夜中にデジタル・プロダクトで障害が発生したら、CIOのダリル・ウェスト氏を起こすのが私の仕事です。

デジタルサービス事業は、10名程度で編成されている複数の「two-pizza」チームで構成されています。それぞれにビジネス部門とIT部門からの担当者が参加しています。重要なことは、サービスをエンドツーエンドで提供するために必要な全てのスキル、つまりオペレーションから開発、テスト、セキュリティ関連の人材が集められていることです。

チームとして人材を適正にミックスするのがかなり複雑です。DevOpsが『わかる』オペレーション担当者は世界的に不足しています。マルチタスク型で、開発やテストの業務も担えて、開発者とは相容れないことが多いオペレーションについても、チームが検討するように影響を及ぼす立場になれる人材が必要なのです。

また、DevOpsを検討している組織は、経験のある人を見つけて一緒に取り組むべきです。わざわざ、一からやる必要はないのです。私たちは、イギリス政府の税務機関のHMRCやその他の大手金融機関と協力し、彼らのアプローチを理解してきました。それは、とても貴重な経験でした。

クラウドのガバナンス

クラウド・サービスとDevOpsへの大規模な切り替えは、HSBCのコーポレート・ガバナンス機能にも大きな課題をもたらしました。行内には、法務や規制のコンプライアンス、リスク管理、ITセキュリティ・ガバナンスを担当するチームが各々存在し、何十年にもわたって培われた堅牢なプロセスも持ち合わせています。こうした担当者はたいてい、自分が担当するガバナンス・プロセスに非常に熱心です。これまでの原則ややり方を根本的に変えないと新しいモデルには移行できないのですが、そこが難しい点なのです。

従来のオンプレミス・ソフトウェアはひと月または四半期に1回手を加えればよかったのですが、新しい環境では毎日、または1時間ごとにサービスをアップデートする必要が出るかもしれません。だからこそ、プロセスのあるべき姿を理解してもらうために、ガバナンス・チームとの緊密な連携が求められるのです。しかし、近道をしろとか、厳密さを緩和しろということではなく、単に、アジリティを抑えず堅牢なプロセスを導入すれば良いのです。

しかし、言うは易し行うは難し、です。HSBCにとって、テクノロジーや文化の変容よりも、適切なガバナンスの設置の方が困難だったかもしれません。様々なガバナンス部門と、オープンに忌憚のない意見交換をしました。時間をかけて変化の方法や必要性を説明し、これまでに同じ経験のある業界の仲間と話をしてもらいました。また、その旅路を支える新たな人材を投入することもしました。

オブライエン氏は、新たな人材がほとんどの領域で必要不可欠だったと語ります。クラウドとDevOpsの道のり全体を通して、新たなパートナー、新たな人材、そして新たな考え方を導入する必要があります。さもなければすぐにレンガの壁に突き当たってしまうでしょう。

HSBCが短期間で成し遂げた進展を、オブライエン氏は安堵と誇りを織り交ぜて振り返ります。今はクラウド上に30もの本番サービスが稼働しています。これまでは、四半期ごとのリリースで3ヶ月間の設計、3ヶ月間の構築、そして3ヶ月間の実装で9ヶ月後かかっていたものが、今は、日次、週次のリリースを実現しています。

しかし、まだ旅路が終わったとは思っていません。お客様は果てしないデジタルサービスへの要望をお持ちです。若いお客様の期待値は、即座に、全ての銀行サービスをオンラインで行うことです。金融商品を申し込む際も、20秒以内の応答が求められますし、口座に即座に入金されてほしいと思っています。

こうした流動的で高速なサービスを実現するのは、ほとんどの銀行にとってはまだ「夢のまた夢」と分かっているものの、HSBCの変革はこうした期待値を満たすものになると、確信しています。

・本記事は、ロンドンで開催されたTechXLR8でのデイブ・オブライエン氏の講演をもとに作成しています。