Illustration: lamosca.com

デジタル化に向け飛び立つスキポール空港

2018年4月

“世界一のデジタル空港”をめざして着々と体制を整えるアムステルダム・スキポール空港。いかにして利用者の空港での体験を変え、差別化を図っていくのか。その戦略を語りました。

5世紀以上の長きにわたり、列強諸国と互角にわたりあってきたオランダ。フランスのわずか6%にあたる人口1,700万人の小国でありながら、その実力はけっして侮ることはできません。それはスキポール空港についても同様です。

ヨーロッパで利用者数が第3位のこの空港は、昨年のフライト数497,000、利用客数7,000万人の実績を残し、ヨーロッパで成長している空港トップ10のひとつに数えられています。

アムステルダムへのアクセスのよさが人気を呼んでいるものの、今後の発展につながる選択肢は限られており、新たな差別化を模索してデジタル化への挑戦が始まりました。



とくにこの3年、スキポール空港の担当チームは、最先端の“デジタル空港”を目標に、空港業務の効率化から利用者の空港体験の改善まで、さまざまな努力を重ねてきました。

ロイヤル・スキポール・グループのCIOを務めるシュールト・ブリュム氏は、その取り組みについてこう語ります。「デジタル化が事業の最優先課題となるのには理由があります。今後10年、空港利用率が高まる一方で施設の物理的な拡張には限界があるのです。したがって、すでにあるインフラを最大限活用していかなければなりません。そこで鍵となるのがデジタル化なのです」。

“超スマート空港”をつくるという目標は、スキポール空港の事業指針にも記されているとブリュム氏は話します。「空の旅がこれから伸びていくなか、この空港を使いたいと思われるようになっていく必要があります。満足度の高い空港体験をお客様に提供できれば、何度も利用してもらえるはずです。そのためのデジタル化なのです。利用者、航空会社、サービスプロバイダーのいずれにとってもそれが差別化の鍵となります」。

“フィジカル”ではなく“デジタル”に考える

デジタル空港プロジェクトは2014年後半、ブリュム氏の前任者アルベルト・ファン・フェーン氏が取締役会でその大きな可能性と競争優位性を説いたことから始まりました。

デジタル化は、スキポール空港らしさの表れでもあるとブリュム氏は話します。「業界でわたしたちは“何事にも一番手の空港”と呼ばれており、この100年余りを見てもイノベーションはまずこの空港から生まれています」。最近の例としては、荷物処理ロボット、ダイナミックディスプレイ、多言語対応の全自動ゲートアナウンス、生体認証検問などが挙げられます。

“いま求められているのは、フィジカルで物事を考えることではなく、デジタルで考えていくことです”

デジタル化の取り組みは空港のITグループが主導しています。「わたしたちは、この空港が業界のパイオニアであり続けるためには、デジタル化がどのような役割を果たすか洗い出しました」とブリュム氏は説明します。

また、ブリュム氏はこの取り組みは経営層の意識改革に繋がったと説きます。「経営層はこれまでフィジカルに物事を考えてきました。たとえば、成長戦略を考えるとき、空港施設の拡張というようなことを考えがちでした」と彼は説明します。「しかし、いま求められているのは、フィジカルで物事を考えることではなく、デジタルで考えていくことです」。

空港の物理的制約を考えると、デジタル化への展開は経営層にとっても歓迎すべきことでした。しかし、話はそれだけで終わりません。「わたしたちが当初からめざしていたのは、デジタル化によって、利用者一人一人にあわせたサービスとスマートな環境を提供し、ヨーロッパで一番人気の空港を作りあげるということでした」とブリュム氏は話します。

2015年、スキポール空港はITグループを再編し、目標達成に向け“デジタル空港プログラム”を始動させました。

利用者の期待に応える

しかし、その道のりは決して簡単なものではありません。デジタル化といっても、単に利便性を提供するだけでは足りず、利用者が使って楽しいと思えるものでなければならないからです。

ブリュム氏はもちろんそれを承知していました。「空の旅というのは、とかくストレスが多いものです。利用者に余計な負担をかけさせず、一人一人のニーズに絶え間なく応えていかなければなりません」。

「これまでのやり方だと、まず利用者はターミナルにやってきて、発着案内板を見上げ、自分のフライト情報を確かめ、それから周りに目をやって次にどこに行けばいいか探します。でも、今日の旅行者はスマートフォンなどで自分に関係する情報のみをすぐに知りたいと思うのです」とブリュム氏は説明します。

また別の空港利用者である航空会社もまた、スキポール空港のデジタル化に期待の目を向けています。「航空会社は、とにかく一刻でも早く、効率的に、そして安全に、乗客や荷物を乗せて飛び立ちたいのです」とブリュム氏は話します。

データが空港を動かす

優れたデジタル空港であるための特徴とはどのようなものであり、スキポール空港はそのために何をしていくべきでしょうか。

航空業界にはさまざまな業績指標がありますが、“デジタル空港”のランキングも、そのための評価方法も確立されていません。しかし、ブリュム氏は高評価を得るために何をすれば良いかわかっていると話します。

「空港をひとつの都市だと考えればいいのです」とブリュム氏は説明します。そこに必要なものすべてが揃っています。たとえば、基礎となる技術インフラ、利用者一人一人のニーズに応えるパーソナルデータ、IoTや生体認証技術の活用、外向けのデータ配信の仕組み。これらの共通項は、データです。

「差別化のためには、空港にある膨大なデータから価値を作り出す力が求められます。“スマート空港”とはすなわちデータ主導で運営される空港。そこではデータが利用者への価値を生み出します。そして、そのためには先進のデータ分析技術、マシンラーニング、APIプラットフォームを軸にした内外向け情報発信の仕組みが必要です」。すでにスキポール空港ではこうしたことがすべて検討されており、一部実現しているものもあります。

今後はさらに多くのセンサーを空港内に設置し、利用者向けのデータ配信を補完していく必要があります。空港に降り立つ人々やここから飛び立つ人々にそれぞれ適切な情報を提供するには、外部のデータソースも活用しなければなりません。乗り継ぎには空港情報のほかに位置情報の統合や分析も欠かせません。「こうしたサービスを提供するには洗練されたスマートなデータハブが求められます」とブリュム氏は語ります。

デジタル化を成功させるには、新技術に取り組むのと同じく既存のインフラにもしっかり取り組んでいかなければなりません

個人情報についてはGDPR(EU一般データ保護規則)を順守する必要があり、スキポール空港では、個人情報の活用には必ず事前の本人承諾を得ています。データを常に有効なものに保っておくためには、コンプライアンスを守って利用者それぞれにコンタクトし、かれらの了承を得る必要があります。「“空港滞在中、自分に合わせた情報提供を求めますか?”と訊くと、すべての人が“はい”と答えます。しかし、もしそれを嫌う人がいれば、もちろん空港はその情報には一切手を触れません。プライバシーは最優先事項ですから」。

しかし、スキポール空港はどのように何千万人もの空港利用者にアクセスするのでしょうか。その答えは、外部向けのAPIです。業界関係のスタートアップなどの認定パートナーの開発部隊にAPIを提供し、利用者向けのアプリやサービスを作ってもらうのです。このやり方は現在、功を奏しているようです。スキポール空港のAPIプラットフォームは毎月ほぼ1億件ものアクセスがあり、今後1、2年でさらに増えていくだろうとブリュム氏は見ています。

生体認証ターミナル

もうひとつ空港運営の新しいトレンドとして、生体認証が挙げられます。現在、保安検査や出国審査など、空港のチェックポイントではパスポートや搭乗券による本人確認が行われますが、安全性を確保し、そうした情報を空港側のID認証システムに保管しておけば、顔認証での本人確認が可能になるとブリュム氏は話します。生体認証のバックボーンを空港関係者(航空会社や入国管理局など)が共有すればペーパーレス化も進めることができます。もちろん生体認証のデータは出入国手続きの目的以外には使われません。

「生体認証は“デジタル空港”の大きな差別化ポイントになります」とブリュム氏は話します。「しかし、たいていの場合の例に漏れず、一番の難関はじつは技術ではなく、関係者の意見の取りまとめと調整なのです」。

その成功例として、2017年、スキポール空港はKLMオランダ航空と連携して“顔認証搭乗”の実証実験を開始しました。これにより、利用者は搭乗券を提示せずにゲートを通過できるようになるのです。

適切なインフラとパートナーシップ

デジタル化は先端技術だけがすべてではない、とブリュム氏は強調します。「デジタル化を成功させるには、新技術に取り組むのと同じく既存のインフラにもしっかり取り組んでいかなければなりません」とブリュム氏は話します。

差別化のためデジタルを前面に押し出せば出すほど、基盤となるITインフラへの依存度は高まっていくとブリュム氏は説明します。「新しいサービスや仕組みはさまざまなメリットをもたらす一方で、既存インフラに大きな負荷をかけます。だから常にこのままで大丈夫かと問い掛けていかなければなりません」。

デジタル化に向けてしっかりと体制を整えておくため、ITグループは社内だけでなく社外にも目を向けています。「デジタル革新の取り組みは、われわれだけの仕事ではありません」とブリュム氏は話します。デジタル化を加速させるため、スキポール空港はスタートアップ企業だけでなく今後さらに多くのサプライヤーと戦略的提携を結んでいく方針です。

そうすることで、“世界一のデジタル空港”をめざす同空港のイノベーション・ネットワークは広がっていきます。スキポール空港にとって、いまやデジタル化はずっと先の目標ではなく、現在進行形の実践であるといえるでしょう。