Illustration: Patrick Morales-Lee

デジタル時代にビジネスを成功に導く新たな共創の形

2018年5月

斬新なアイデアを事業につなげる21世紀型ビジネスの枠組みを論じた著書『OPEN INNOVATION ― ハーバード流イノベーション戦略のすべて」(2003年)の出版以来、共創的ビジネスモデルについての考えを深めてきたカリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスのヘンリー・チェスブロウ教授。そのイノベーション理論は、製品のみならずサービスやビジネスモデルも考察の対象としています。上記著書から15年、さらに数冊にわたる論考を経て、教授の説くオープン・イノベーションの考えは、デジタル革新を成功に導く鍵として世界の多くの企業から支持されています。

いわゆるビジネス界のカリスマには2つのタイプがあります。空疎な言葉を振り回すのを好んで、いろいろと熱弁を振るうけれど、たいていの場合、学ぶことがないので聴き手を飽きさせてしまうタイプ。もうひとつは稀に見かける程度となりますが、経営のカリスマと呼ぶにふさわしく、衝撃的なビジネスの真実を十分な論拠に基づいて明確に語る先見的思想家タイプです。つまり、ヘンリー・チェスブロウ教授がそれにあたります。

学者肌で物言いの静かなこの62歳は、カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネス コーポレート・イノベーションのファカルティ・ディレクターでもあります。「オープン・イノベーション」を最初に世に広めたことで有名ですが、とくにそのことを自慢する素振りもなく、それどころか自分の仕事は先人たちが何十年もかけて築いた経営理論をベースにそれを少し更新したに過ぎないと話します。たとえば1950年代、ピーター・ドラッカーは後期の著作の中で「組織のオープン・カルチャー」や「拡大された知識共有ネットワーク」というようなことを語っていました。

78%の企業がオープンイノベーションを推進

近年、チェスブロウの仕事が特に注目されるようになったのには理由があります。技術の進化により、これまでのビジネスの常識が破壊され、企業は従来のビジネスモデルや市場アプローチの再検討を迫られています。そうした状況に向けて、チェスブロウは、持続的で機敏なビジネスイノベーションを支える枠組みを提示しています。それは、いま、多くの企業や組織が取り組んでいるデジタル革新の取り組みを推進するフレームワークです。

他の優れた理論と同様に、細かい話はいろいろありますが、チェスブロウ理論の核心を一言で言えば次のようになります。「オープン・イノベーションとは企業が取り組む革新や研究開発アプローチのひとつであり、社外の技術やアイデアを自社事業に取り込み、自社で眠っているアイデアの他社での活用を活性化させます」。

イノベーションに通じる新たな道

このアプローチを採用するには、経営層の思考の転換が必要になります。「旧来のイノベーションは、閉じたモデルです。たとえば製品開発を考えてみてください。科学や技術の理論からアイデアを切り取ってきて市場に送り出すわけです。これは古典的な技術プッシュ式モデルといえます。多くの業界で長年にわたり有効でしたが、現在は世界のあらゆる場所に有益な情報が氾濫しています。オープン・イノベーション・モデルには、アイデアを呼び込む道筋がたくさんあり、その道筋は社内だけで完結しているわけではなく、外部にもつながっています。社内で実を結ぶアイデアがある一方で、ライセンシング、スピンオフ、ジョイントベンチャーなど、外部と手を組んでアイデアを市場に出すさまざまなやり方があります」。

“オープン・イノベーションの大前提として、スマートな人が必ずしも全て社内にいるわけではありません”

最初の著作でチェスブロウは、インテルなど技術系先端企業が採用していた新たなオープン開発モデルを従来の研究開発アプローチと比較しています。「こうした企業では、研究開発部門に支援人材を大勢呼び込んでいます。また、複数のプログラムを立ち上げ、大学やスタートアップなどで生まれたアイデアを掘り起こす一方で、外部の人々が利用できるプラットフォームも提供しています。つまり、自社技術を中心にエコシステムが形成されているのです」とチェスブロウは書いています。これは、十年以上も前のことになります。今日ではこうしたエコシステムは、複数のコミュニティを統合した拡大的ネットワークと広く考えられています。そこにはパートナーやサプライヤー、代理店や販売店、顧客や研究者、開発者、ユーザーなどの関係者がおり、彼らは共通の技術プラットフォーム上で協力し合いながら新製品や新サービスの開発を進めていきます。

サービス経済

しかし、それは製品に限った話ではありません。「イノベーションに対する従来のアプローチは、その多くが製品志向、製造志向の考えから生まれていました。先進国の経済がサービス志向となるなか、サービスをどのように変革していくかに関してはあまり知られていません」とチェスブロウは2010年の著書『オープン・サービス・イノベーション―生活者視点から、成長と競争力のあるビジネスを創造する』で述べています。

サービス・イノベーションを効果的に活用するのは難しく、そのためには、なによりも新たなアプローチが求められます。製品志向の場合もそうですが、オープン・サービス・イノベーションはそれ以上に、事業や顧客、ビジネスモデル、イノベーション・プロセスに積極的に関与するという意味で思考とスタンスの転換が必要となってきます。

つまり、それは次のような新しいコンセプトの確立が不可欠ということです。

・あなたのビジネスをサービス・ビジネスとして考える ・イノベーションで成功を収める企業は、新製品や新規サービスが顧客の価値を反映するように、顧客と共創する ・企業はオープン・イノベーションの仕組みを使ってサービス・イノベーションをさらに加速・深化させると同時に、事業をプラットフォーム化し、サプライヤーや顧客、協業企業、その他の関係者とともに製品・サービスを先鋭化・多様化していくエコシステムを形成する ・サービス・イノベーションを採り入れる企業は、社内のサービス革新から恩恵を受け、かつ社外のサービス革新を刺激する新たなビジネスモデルを構築する

サービス分野のイノベーションは、事業の持続的成長を支え、製品の急速なコモディティ化を防ぐのに有効だとチェスブロウは話します。「実際的な問題を解決するためには、技術をつなげるアーキテクチャを作る方が単独での技術開発よりずっと有益です。オープン・イノベーションの大前提として、スマートな人が必ずしも全て社内にいるわけではありません」。

「製品をプラットフォーム化して社内外のイノベーションを取り込み、製品のまわりにさまざまな付加価値サービスを集めることで、執拗な価格競争、コスト競争から一時逃れることができます」とチェスブロウは語ります。AI、IoT、ビッグデータは、これから市場破壊の波を引き起こします。それに備えて、企業が今後さらに目を向けるべきはオープン・イノベーションです。

イノベーションの共有

伝統ある大企業の経営層は、チェスブロウの考えを支持しています。それは彼らが新領域への参入や機敏な起業家文化の取り込みにオープン・イノベーションが有効であるということを認識しているからです。一方で彼らは、昔ながらの言葉でビジネスを語り、事業規模や市場ポジションを武器に新しいデジタルの流れへの対処法を理解するチェスブロウを称賛しています。

たとえばチェスブロウは、類似の技術開発に投資することなく他社の技術を効果的に活用するオープン・ソフトウェアの隆盛を支持していますが、頭の固いオープンソース支持者とは異なり、オープン・イノベーションに際して企業は自社の知的財産(IP)をしっかり守るべきだと考えています。実際、いろいろな企業が入り混じる共同イノベーションを持続させるためには、所有権についてそれぞれがしっかりした認識を持つ必要があると彼は考えています。「私の考えるオープン・イノベーションでは知的財産は当然のものとしてあります。それでこそ参加企業は、他社による模倣の懸念なく調整や共同作業を行うことができるのです」と話しています。

82%の企業が3年前より集中的にオープンイノベーションを実施と報告*

多くにとっての難問は、いかにして製品やサービスを核とするプラットフォームを立ち上げるかということです。「それは、協業企業にとって魅力があり、もう一方で広範な顧客体験を提供するもの」と彼はPwCの雑誌『strategy+business』で述べています。「成功するプラットフォームには、顧客や開発者などを触発してやる気を起こさせるようなビジネスモデルが求められます」。

そして、グローバルICT企業の好例としては富士通があげられます。同社は2015年にオープン・イノベーションを推進する場として、Open Innovation Gatewayをシリコンバレーに開設しました。これは、業界を異にする人々や企業が集まって共創し、イノベーションの創出を行うプラットフォームとなっています。

成功のための共創

「オープン・サービス・イノベーションのアプローチによって、社内と社外の最良のアイデアを一つにまとめ市場に送り出すことができる」とチェスブロウは話します。「顧客との関係を強化し、かつ幅を広げて利益を生み出すこと(範囲の経済)を進めながら、スケールメリットを活かしてコスト削減(規模の経済)をはかることができます。ビジネスモデルをサービス・イノベーション・プラットフォームへと変革することで、長期の収益性を確保し、市場での優位性を保つことができます」。

市場がますますデジタル化の度合いを強めている今日、勝ち抜くためには共創の姿勢が特に重要です。「企業はイノベーションにおける顧客の役割を見直し、新しい製品やサービスの開発にあたってはこれまで以上に早い段階からもっと深く顧客を共創の枠組みに引き込むべきです」。これに、ほとんど選択の余地はありません。どうすればもっと良い製品になるか、特定市場向けの製品やサービスのどこに違いがあるか、というような暗黙知を顧客は持っています。それを共有することは企業にとっても顧客にとってもメリットがあります。

ビッグデータやブロックチェーン、マシーンラーニングの時代に、デジタル革新によってオープン・イノベーションのベストプラクティスが生み出されています。

テクノロジーによるディスラプション(業界の常識破壊)や機敏な競争相手による市場侵食が進むなか、大企業の間でチェスブロウの考えを事業に採り込むところが増えています。フラウンホーファー研究所が北米およびヨーロッパの大企業を対象に行なった調査によれば、回答企業の約80%がオープン・イノベーションを何らかの形で実施し、経営層もこのやり方に強い関心を持つようになったと答えています。

オープン・イノベーションは確実な広がりを見せていますが、このモデルを効率的に導入するには大きな壁があることも企業は心得ておく必要があります。そのひとつが法務、ブランド管理、調達などの社内部門からの積極的な支援の取りつけです。「外の世界とのコラボレーションを進めるには、社内に新しい仕組みを作っておかなければなりません」と『イノベーションリーダー』でチェスブロウはコメントしています。

彼はまた、他部門の動向を知らない縦割りの企業が多いと指摘します。今日では、デジタル資産を活用し、イノベーティブに事業展開するにあたって大手である必要はありません。「ビッグデータやブロックチェーン、マシーンラーニングの時代に、デジタル革新によってオープン・イノベーションのベストプラクティスが生み出されています」とチェスブロウは話します。いずれにせよ、さまざまな意味で、企業が次のビジネスモデルを生み出すためには、イノベーション・ネットワークを拡大する以外に道はないでしょう。

*出典: Haas School of Business/Fraunhofer Institute for Industrial Engineering IAO survey of 125 executives at large companies

ヘンリー・チェスブロウ

「オープン・イノベーション」という考え方を最初に提唱した経営学者。カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスのガーウッドセンター コーポレート・イノベーション ファカ ル ティ・ディレクター。バルセロナ大学ESADE ビジネス &ロースクールの情報システム学科客員教授。15年にわたりオープン・イノベーションの論考を先導。イノベーション、企業の枠組み、組織論などについて5冊の著書と多数の学術論文を持つ。