Photography: Jens Kristian Balle

来るべき量子コンピュータを今から注視する理由

2018年6月

量子コンピュータについてはその利点ばかりでなく、セキュリティ上のリスクについてもしっかり理解しておくべきだと1QBit社アンドリュー・フルスマン氏は語ります。

量子コンピュータのビジネス活用を模索する企業の数は、その高い壁について理解しつつも年々増えています。その理由は主に二つあります。

まず、この30年にわたりコンピュータの性能向上を支えてきたムーアの法則が、限界に達しつつあることです。半導体の集積率が倍々で増えていくとはいえ、すでに集積回路は物理的に満杯となっています。しかし、量子コンピュータはその限界を飛び越えることができます。それが産業界の注目を集めているのです。重ね合わせ状態にある量子ビットを用いれば企業は想像の域を超える演算能力を手にして従来型のコンピュータでは解けない難題にも対処できるようになります。

「テクノロジー企業のおかげで使える量子ビット数が増えて、量子コンピュータの演算能力はムーアの法則をはるかに凌ぐようになっています。これは本当にすごいことです」と1QBitテクノロジーズ社(1QBit)のアンドリュー・フルスマンCEOは話します。「この急速な進化に終わりがあるのか、現状の量子ビットの作り方や結合方法にどのような壁が待っているのか、まだ見通しは立っていません」。

「誰も知らない未知の時代が始まった」と彼は言います。「今年中にも特定用途向けの小型量子コンピュータが従来型コンピュータでは解けなかった問題を解くようになるでしょう」。

まだ初期の段階とはいえ、こうした次世代マシンを産業用に試してみようとする企業の数は少なくありません。例えばダウ・デュポンは1QBitとともに化学分野と素材科学分野に用いる量子演算ツールを開発しています。また、バイオジェンは多発性硬化症やアルツハイマー病やパーキンソン病などの創薬に量子演算方式を活用しています。

量子コンピューティングですぐにも成果が見込まれているのは最適化で、これは特にアニーリングが得意とする分野です。例えば、物流などの複雑な配達ルートの最短化、金融での投資やポートフォリオ管理の最適化などへの適用が考えられます。イギリスのRBSやドイツの金融サービスグループ、アリアンツはそうした可能性を視野に、最近、富士通とともに1QBitのベンチャーファンドに資金を投入しています。

進化の通過点

しかし、フルスマン氏によれば、量子コンピュータ用アプリケーションが続々と登場するのはまだ先の話です。「従来型のコンピュータを一掃するアプリケーションが次々と生まれているわけではありません。そこで訊きたくなるのは、ではなぜ、量子コンピュータの進展に目を光らせておく必要があるのか、ということです」。

量子コンピュータやその先駆的技術であるデジタルアニーラはどんな特長があるのか、について企業のCIOは学んでおく必要があるとフルスマン氏は話します。量子ビットの数が今後も増えていけば、量子コンピュータの演算力がムーアの法則を追い越す時がやってきます。「その通過点を過ぎれば、従来型コンピュータはもはや問題解決(例えば最適化問題など)の道具と見なされなくなるでしょう」とフルスマン氏は話します。

「産業界にとって量子コンピュータはまだ実用段階にはないかもしれない。しかし、これまでできなかった演算ができるマシンがあるということだけでも、まさに前人未到の領域で、これからが楽しみです」と言い添えました。

すべてが始まったばかりの現段階では、量子コンピュータ用に用意された問題を解くことが実証実験の主眼だとフルスマン氏は話します。しかし、その適用範囲はやがて広がり、実用性が備わってくるにつれ、「たくさんのアプリケーションが生み出され、従来型コンピュータでは想像もできなかったようなリソースが利用できるようなるはずだ」と話しています。

従来型コンピュータとの共存

量子技術への期待が高まる一方で、これまでのコンピュータがすぐに姿を消すかというと、それは違うとフルスマン氏は見ています。「汎用コンピュータの世界でもグラフェン集積回路のような進展が見られており、それがムーアの法則を単に存続させるだけでなく、さらに加速させています」。ただ、従来型の技術革新だけでは、世界が抱く高速演算処理への飽くなき欲求を満たすことはできません。

「現在のスーパーコンピュータを使えば50量子ビットほどの演算は可能ですが、なかには解くのに1万量子ビットを要する問題もあります。ムーアの法則に従ってこれまでのコンピュータの能力が倍々に高まっていくのを待っているわけにもいきません。そこで、量子コンピュータが必要となるわけです。いま量子技術の進化はめざましく、演算能力は従来型コンピュータをはるかに凌ぐほどになっています」とフルスマン氏は話します。

実際に量子コンピュータの飛躍的進化は従来型コンピュータの進化を凌駕しています。「量子コンピュータの進化はムーアの法則を超えています」とフルスマン氏は話します。「それがどこまで行くのか、量子ビットの作り方やつなぎ方の限界点がどこなのか、実際のところわかりません」。

従来型コンピュータと量子コンピュータの二つの方式は、しばらく互いに補いながら共存していくのではないかとフルスマン氏は予測します。「従来型コンピュータは、量子コプロセッサに補強されながら使われ続けるでしょう。両方の長所と短所をうまく使い分けながら異次元の仕事ができるようになります。では、いつ量子コンピュータが従来型コンピュータを追い抜くのかというのは興味深い質問ですが、あとしばらくは従来型コンピュータが必要とされるはずです。量子コンピュータは現行のCPUを置き換えるものではなく、むしろPCのGPUのようなコプロセッサ的存在と考える方がいいでしょう」。

未来からのハッキング

このように量子コンピューティングは、わたしたちに大きなチャンスと革新をもたらしますが、フルスマン氏たち業界関係者はそこに大きな問題点を見いだしています。それはすなわち暗号化の問題です。

1994年、MITの数学者ピーター・ショアは、素因数分解にもとづく今日の暗号方式のすべてを破る量子アルゴリズムを考案しました。これを実行できる量子コンピュータが誕生する前に、コンピュータ企業は、一刻の猶予もなく今日にもこの問題を理解し、準備を始めなければなりません。

企業はこの現実に目を向けなければいけないとフルスマン氏は警告します。

「すでにわたしたちは未来からのハッキングを受けているのです。これまで、従来型のコンピュータが苦手とする素因数分解をもとに暗号を開発してきました。しかし、素因数分解は量子コンピュータが最も得意なこと。恐ろしいのはそれだけではありません。量子デバイスは単に暗号を破るだけでなく、時を遡って過去の機密データを解読することもできてしまうのです。もし、誰かがいま、あなたの電子メールにアクセスできているとすれば、この何年かにわたる全てのやりとりを読み取ることができるようになるのです」。つまり、量子コンピュータの技術開発にあたり、わたしたちはセキュリティの問題をまず念頭に浮かべながら、プラスとマイナスを考慮して山積みされた案件を処理していかなければならないということです。

将来的には「対量子アルゴリズム」のようなものが考案され、量子コンピュータの弱点を突く新しい暗号法が生まれるかもしれません。実際、量子キーディストリビューションと呼ばれる技術は、量子のもつれと重ね合わせの特性を利用して、送り手と受け手の双方だけにしかわからない秘密の共有キーをランダムに生成することができます。

このように難題は尽きないものの、将来どんなことが起こるのかについて、いまから把握しておかなければならないとフルスマン氏は警告します。「量子コンピュータがこれまでのコンピュータを駆逐するような事態にはまだなっていませんが、CEOやCIOは量子マシンの得意分野や事業への影響力についていまから知っておく必要があります。事が起こってからでは遅すぎるのです。ある日突然、最良の選択肢として量子コンピュータが現れた後に、その技術について何も知らないというようなことがないように」。